Happy end of the life

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※※※  男の名前は、ロバート•バークといった。  彼は、遭難者であった。  隣国へ船旅の最中、三泊四日の旅路の途中。たしか二泊目の夜中であった。波は穏やかで、星が瞬いていた。にもかこわらず、なぜだかわからないが急に船員がバタバタと船内を走り回り、声を張り上げ、ロバートを含め客を叩き起こし始めたのだ。  それからのことをロバートはよく覚えていない。追い立てられるように救命胴衣を着せられ、救命艇に乗ったか乗らなかったのか。ただ、次に気がついた時には、ロバートは砂浜に横たわっていた。  大きな怪我をしていなかったのは幸いで、わけのわからぬまま歩き回ってみたものの、探索できた範囲で他の人間を見つけることも、人工物を見つけることもできなかった。  つまりロバートにはここがどこなのかも、ここがどこか知る術もなかったのだ。  しかし悲観したかといえば、決してそうではなかった。  むしろここは、ロバートにとって楽園であった。  幾つの年月を過ごしたか。悲しむ家族も友人もいないロバートは気楽なもので、さりとて最初は木に傷をつけて数えていたものの、ある時無意味に思えてやめてしまった。  けれど過ごした日々で、夏の暑さに辟易する事はあっても、冬の寒さに凍える事は無かった。清水が湧き、大型動物もおらず、少し森に入れば食べられる木の実がたわわに実っていた。一方、浅瀬の海には魚が泳ぎ、岩場では貝が獲れたのだ。  サバイバル経験も徴兵された経験すらない男でも、生き延びるには充分であった。  さらに運の良いことに船の漂流物なのか、服やら書籍やらが浜辺に打ち上げられることもあり、暇つぶしに拾ってきたそれらはロバートの生活を豊かにさせた。  自分以外の誰もいない、穏やかで、静かな、満ち足りた生活。  ロバートは、生まれて初めて幸福を感じていた。  なぜなら、ここには支払いが一日遅れただけで怒鳴り込んでくる大家もおらず、甲高い声で叫びながら子供がドタドタ走り回る煩わしさも、耳を塞ぎたくなるような怒号と鳴き声もない。  夜中まで響く大音量の音楽や、発情期の獣の叫び声のような男と女の嬌声を聞くこともなく、ひびの入った壁やら立て付けの悪いドアの隙間から流れてくるドラッグの臭いに吐き気をもよおすこともないのだ。  頭が痛くなるような日々。拷問に近い毎日。  ロバートは自分の中にふつふつと溜まっていく感情を、部屋の隅で体を丸めて耐え忍ぶしかなったのだ。  それが今はどうだろう。  聞こえてくるのは、繰り返す細波と、鳥の鳴き声。  潮の匂いのする空気を肺いっぱいに吸い込んで、ロバートは感動に体を震わせた。  ーーああ。なんという幸せか。
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