世界線を越えた日

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「それは一瞬だったよ。あっという間にもすべてが眩い光に包まれ、激しい衝撃波とともに私も街ごと消し飛んだ……はずだったんだ。しかし、急に静かになった周囲の様子におそるおそる目を開けてみると、私だけがこちらの世界線へ飛ばされていた……理由はわからないが、私だけが〝予言が外れる〟世界線へと飛ばされたんだよ」  普通に聞いたら明らかに眉唾ものの与太話にしか思えないが、男性はいたく真面目な顔をして語り聞かせてくる。 「おかげで命拾いはしたが、こちらの世界線は文字通りの()世界だった……いや、常識も物理法則も特に変わりはしないが、細かな事象が微妙に違うんだ。当時、私はまだ学生だったのだけれど、クラスにはまったく見ず知らずの友人達ばかりがいる。でも、私はまるで知らないのに、向こうは私のことをよく知っているんだよ」  淋しい瞳をグラスに向けたまま、男性はさらに続ける。 「まあ、中には見憶えのある顔も何人かはいたが、彼らの記憶ももといた世界線とは違ったものだ。それは家族にもいえることで、やはり私の知る家族とは異なる記憶を皆が持っていた……つまり、大まかには変わらずとも、歴史が微妙に異なっているのさ。この世界の中で、私だけが違う歴史を知る異質な存在なのだよ」  魔法が使えたり、幻獣が実在していたり、なんか景色が中世ヨーロッパ風だったり……そうした目に見えて異なるものではないにしても、それは確かにある種の〝異世界〟と呼べるものなのかもしれない。 「歴史は偶然の積み重なりでできている。隕石衝突が起きない世界ともなれば、それくらいの差違はむしろ当然と言えるものだろう……ま、そのおかげで命拾いしたわけなんだが、自分一人だけ見知らぬ土地にいるというのもなかなかに辛いものさ。例え命を失おうとも、もといた世界にどうにかして戻って、皆と運命をともにしたいと正直思っていたりもする……」  俄には信じ難き話ではあるが、男性のあまりに真面目な語り様に、俺も友人も押し黙ったまま、いつしかじっと聞き入ってしまっていた。 「さて、そろそろ時間か。いや、酒のせいか少々余計な話をしてしまったようだ……ああ、すみません、お勘定を」  と、不意に男性はすくと立ち上がり、俺達を置いてけぼりに帰り支度を始める。
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