prologue

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prologue

 揺らめく星辰の彼方、幾つもの次元を超えたその先に彼の地はあった。  生まれゆく星と滅びゆく星が交じり合う境界線。形のない深奥の虚空。生誕と終焉を繋ぐ窮極の門。その門を越えた先にある、時空を超越した無明の房室にして、宇宙の原罪を孕む暗黒の玉座。  太古より、数多ある神話で語られた彼の地は、全ての宇宙の運命を占う予言の書に、その名を記されていた。    その名は、万魔殿(パンデモニウム)。  万魔殿(パンデモニウム)の暗黒空間の中心部に、突如眩い光が溢れる。無数の閃光が次々と煌めき、万魔殿の周囲を浮かんでいる隕石群が、次々と砕かれてゆく。  人が存在しえない絶死の世界。その空間に、二つの人影がどこからともなく突如現れる。一人は灰色のぼろ切れのようなマントで全身を覆いつくした白髪の老人。もう一人は黒衣のマントを悪魔の翼の如くはためかし纏う、黒髪を背中まで伸ばした青年だった。  次々と連鎖し巻き起こる破壊の光の間隙を縫いながら、灰色の老人は極限まで引き絞られ、放たれた矢の如く飛翔し逃げる。黒衣の男は、それに匹敵する速度を上げ、追いながら高笑いをする。 「どこまで逃げる気だね!もう逃げ場などないだろうに!」  黒衣の青年の言葉に反応することなく、暗黒の海を流れ星のように飛びながら、灰色の老人はひたすら逃げ続ける。 「おやおや、だんまりですか。ならば、これはどうです?」  黒衣の青年が指を鳴らすと、黒衣の男の背後の闇がねじれ亀裂が走る。亀裂は闇を侵食しつつ、徐々に広がっていく。すると、そこから狂気に満ちた笛の音色が、暗黒の領域を響き渡る。  その亀裂から現れたのは、周囲にいくつもの楽器を浮かばせ、聞くものを狂気に誘う音色を響かせながら漂う、不定形の怪物だった。  その音色が暗黒空間全体に不協和音を奏でる。楽器の先からを空間を歪ませるほどの重力を束ねた黒球が放たれる。その玉は不規則に揺れ動き、空間を捻じ曲げながら、灰色の老人目掛けて飛んでいく。それが灰色の老人に触れると同時に弾け、衝撃波が老人を襲う。並大抵の存在なら一瞬にして塵と化すその衝撃に、老人の外衣は耐えぬくも、灰色の老人はその顔を歪ませる。  背後に次々と現れる不定形の怪物に立ち向かうべく、灰色の老人は高速で飛んでいた身体の向きを急激に反転させ、怪物供に正面から向き合うと、マントの中から左腕を伸ばす。その腕は、鈍く輝く銀の腕であった。    灰色の老人が口を僅かに動かす。それに呼応するかのように銀の腕から手のひらにかけて光が収束していく。収束された光は闇に浮かぶ満月のように球体状となり、一瞬の後、きらめく一条の光線となる。怪物目掛けて放たれた光線は一瞬の内に怪物に直撃する。避ける間もなく光線を浴びた怪物達は、体の内側から弾け飛ぶ。 「大分消耗させたつもりでしたが、まだそれだけの力を残していたとは。だが……」  黒衣の男が再び右手の指を鳴らすと、歪んだ時空の狭間から、先ほどの狂気の音色と共に不定形の怪物が、何十、何百と召喚される。それは暗い海を覆いつくすクラゲの大群のようだった。  灰色の老人はそれを見ると、現れた怪物達に向け、再び銀の腕をかざし、先ほど怪物たちを爆散させた光線を放とうとする。  黒衣の青年はそれを待っていたかのようにほくそ笑むと、左腕を高らかに掲げる。灰色の老人のいる方向へ振り下ろす。突如、灰色の老人の直上に開いた亀裂から、流星群が、灰色の老人目掛けて飛来する。  黒い稲妻を帯びつつ迫りくる流星群を見て、灰色の老人はかざしかけていた銀の腕をマントの中に戻す。灰色の老人はマントの中から銀の腕を再び出すと、その手の先には銀色の鍵が握られていた。  灰色の老人が何かを呟く。すると眩い光と共に老人の目の前に金色の扉が現れる。老人の背丈の数倍はあろうその金色の扉は、中央に錠があり、更にその上から何重にも鋼の鎖が巻かれ、固く封印されていた。    灰色の老人は手に持った銀色の鍵を勢いよく扉の錠に差し込み、そして回す。瞬間、溢れ出る光と共に鎖は飛び散り錠が落ちる。  扉が開かれる。虹色の光が、扉の内部で渦巻いている。  灰色の老人は右腕をマントから取り出す。その腕の中には、雪白のおくるみに包まれた赤子が目を閉じて眠っている。老人は一瞬赤子を見入るも、間髪入れずに扉の先の虹の渦目掛けて、おくるみを投げ入れる。それが扉の先の渦に吸い込まれると同時に扉は締まり、搔き消えていく。  直後、流星群が灰色の老人に直撃する。  暗黒空間全体を揺るがす大爆発。全てが消えたその空間に、灰色の老人の姿はどこにもなかった。黒衣の青年はマントをしまいこみ、呟く。 「ふむ。逃げられてしまいましたか……。まあよいでしょう。いずれにせよ、行先は一つしかない」  黒衣の青年が右の手の平を上にし、胸の前にかざすと、半透明の球体が現れる。それを眺めながらほくそ笑む。その球体の中に映っていたのは、蒼く輝く水の星。    地球だった。    黒衣の青年はその口を張り裂けそうなくらい開き、高らかに笑い声を上げる。その甲高い、狂気迸る声は、暗黒空間の果てまで響いていくのだった。
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