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夢の中で、俺は荒れ果てた荒野を独りで歩いていた。
仲間も、恋人もいない。杖を頼りにひたすら歩き続けていた。疲
労は限界。今にも倒れそうなおぼつかない足取り。
行く先に一輪のつぼみ。俺はそれに駆け寄った。つぼみが目の前でゆっくりと開く。
開きながら、突如けたたましい音を立て始めた。
うるさい花だな。
黙って開けよ……。
というところで、意識が急速に引き上げられた。
パチッと目を開く。
響いているのは、スマートフォンから流れる電話の着信音だった。
重たい腕をどうにか動かし、手に取って耳元に引き寄せる。
「もしもし……」
「あ、やっと出ましたね。良かったぁ」
名護の声だった。
「へ……」
「もしもし? 起きてますか? 生きてますか? だいじょぶですか?」
「あ、まあ……うん」
我ながら間抜けな返答だった。
状況がよくわからないまま、スマートフォンのディスプレイを見る。
名護美津那の五文字。名護の声が聞こえているんだから当然なのだが、俺の頭の中でその二つの事実を繋げるのに時間が掛かり、しばし無言の状態になってしまった。
「もしもし、もしもし!? もう、寝ぼけてるんですか? 先輩!?」
「いや、あ、ああ、ご……ごめん」
「もう、具合はどうですか?」
「大分、酷いかな……」
「やっぱり。そうだと思ったんですよぉ」
名護の口調は呆れているけど合点がいった、というような様子だった。
ともあれ、ともあれ謝らねば。
急速に焦点のあった俺の意識は、この機会を逃すまいと言葉を急かしにかかった。
もちろん、それに逆らう意味はない。
「昨日は……悪かった」
「あ、いや、はい。あのえっと……」
「そんな簡単に許してもらえるとは……」
「あっ、違う。違うんですよ、先輩。そうじゃなくて」
「でも、俺もあれは本心じゃなくて……」
「それは良いですから。それよりほら、ええと……なんだっけ。あ、学籍番号って教えて貰えます?」
「いやでも……」
「早く!!」
「あ、ああ……」
番号を彼女に伝えながら、頭の中ではなんでだろうという疑問が止まらない。
だが、それをわざわざ尋ねるまでもなく、彼女から教えてくれた。
「先輩、今日の国文学概論、私が代返しといてあげます」
「え?」
「ああああ、始まっちゃう!! また後で、後でね、先輩」
電話はプチっと切れた。
ディスプレイの時計で時間を確認すると、午後の講義が始まる時間だった。
それと、名護から無数のメッセージが届いていた。
しびれを切らせて電話してきたのだ。
その数の多さが、とてつもなく嬉しかった。
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