わたしが世界を救ったなんでもない日

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 晴れ渡る青空。サラサラと流れる鴨川のほとりで穏やかな水音に耳を傾けながら、わたしは一人で佇んでいる。  これだけ聞けば、なんと優雅な午後だろうか。きっと近くの橋を忙しく早足に駆けるスーツを着たサラリーマンなんかはさぞ悔しがるだろう。  でも、実際は違う。  一月七日の京都はとても寒い。京都育ちの大学の友達がよく「京都の冬は底冷えするっておばあちゃんが」という言葉の意味を最近理解した。その言葉を聞いているせいかもしれないが、気温以上に寒く感じる。  雰囲気が良いからと地面に座ってみたが、冷たい地面に体中全ての熱を奪われていっているようだ。さらにいえば、わたしはアルバイト先……いや、ついさっき辞めたから元アルバイト先である和風喫茶の暗い紺色の生地の薄い制服を着ていて、見た目からして寒い。  さらにさらに、こんな寒空の下でも鴨川のほとりにはチラホラと恋人たちが居て、見せつけるように愛を育んでいる。孤独で心まで凍えてしまいそうだ。京都には他に恋人が楽しめるスポットは無いのだろうか。それとも、京都の鴨川でイチャつくということ自体に価値があるんだろうか。  よく分からん。  わたしは考えるのを止めて「面倒くさいなあ」と呟いてから空を見上げた。透き通るように澄んだ青空にいくつかの真っ白な雲が漂っていて、ゆっくりと流れていく。  わたしなんて置いてけぼりにするように。 「帰るか」  このまま座っていても良いことなんて何もなく、むしろ体温だけが下がり続けて最終的に凍死しちゃうんじゃないか、と考えたわたしはさっさと帰宅することにした。  すると、目の前の何もない空間が急に光り輝いた。眩しすぎて目を閉じる。そして、数秒してから何事かと恐る恐る目を開いた。  ――天使?  見るからにさわり心地の良さそうな、背中のあたりまで伸びたキラキラと輝く金色の髪。その背中からは大きな真っ白の翼が見える。そして、染み一つ無い白の、わたしよりも寒そうなノースリーブのワンピース。  頭の上に天使の輪っかは見当たらないが、ひと目見て天使としか言いようのない女性が、淡い光を纏いながら目の前をふよふよと浮かんでいた。  天使はわたしの顔を見ると、にこりと微笑んだ。  その顔が目を奪われるほどキレイで、わたしの心臓は少しときめいた。しかし、次の瞬間にはもう何事もなかったように心は凪いでいた。
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