わたしが世界を救ったなんでもない日

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♯♯♯ 「あなたは天使、でいいの?」 「はい」彼女は当然かのように胸を張った「天使ですよ」  わたしは頭を抱えてしまう。まさか、天使なんて非現実的な存在が見えてしまうなんて、と。 「で、天使様が何の御用で?」 「それはですね……」  天使はもったいぶるようにたっぷりと間を開けてから語りはじめた。 「貴方たち人間はこの地球において業を背負いすぎました。またそれを反省し、改善する兆しも見えません。よって、神様は私たち天使を遣わし、人間を滅ぼすかどうか最後の判断を下そうとしています」  この突拍子もない終末宣言を、映画の中の話みたいだなあ、と他人事のように聞いていた。突然、人間の業だの、滅ぼすだの言われても現実見が湧かない。 「なにか、言い残すことはありますか?」彼女の瞳に憐れみが込められている気がする。 「無いよ」わたしは即答した。 「納得し、滅びるのを受け入れるということですか?」 「納得はしていないよ」  何の謂れもなく、死んでくださいと言われて納得できる人間は居ないだろう。 「でも、偉い神様が決めたことなんでしょ? なら、どうしようもないよ。足掻いたって無駄」  わたしが諦めるでもなく言うと「そうですけど……」と何故か滅ぼすと伝えに来た彼女のほうが不満げに歯切れが悪い。 「あら、もしかして命乞いでもしてほしかった? どうにか世界を救ってくださいって。案外、天使もドSだね」  からかいながら言うと天使は「そ、そんなことはありませんっ」とムキになって返した。 「しかし、これまでの人はそうでした」 もうすでに何人かの人間には伝えているのか。いや、一介の女子大生であるわたしなんかだけに世界の滅亡を伝えられても、なにか対策が講じれるはずもないので困るだけなのだが。 「どうすれば助かるのか? とか、自分はどうなってもいいから、家族だけは助けてほしいって泣きつく人間もいました」  天使はその人たちを思い出しているのか、目を伏せがちに神妙な面持ちで申し訳無さそうにした。 「そっか、それであなたはほくそ笑んでいた、と」  そんな暗い表情が見ていられなくて茶化すと、彼女は「違いますっ!」と顔を真っ赤にして必死に否定した。 「くっく、冗談」わたしはいたずらに笑ってから、少し真面目に微笑んだ「でもね、その人たちはわたしと違ってちゃんと生きてるんだよ」  せっかくわたしが珍しく真面目に言ったというのに、彼女は理解できなかったのかキョトンとした顔で小首を傾げた。  自分の死生観を他人に話すなんて、こっ恥ずかしいんだけどな。
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