わたしが世界を救ったなんでもない日

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「わたしはね、この先どうなってもいいの。将来の夢だとか、未来への希望だとか命を賭けてでも守りたいものだとか、そういったものがわたしには何もないの。バイトもね、厄介な客に絡まれたから面倒臭くなってさっき辞めてきちゃった。だから、もし次の瞬間に不慮の事故なんかで死んじゃっても、世界が終わったって、まあ、仕方がないかなって、納得しちゃうと思う。ああ、別に死にたいってわけじゃないよ。でも、生に縋り付くつもりもない。死にたくないから、生きてるだけ」  恥ずかしくて他人になんか、母親にすらこんな話をしたことがないのに、自分でも驚くくらい饒舌に言葉がスラスラと出てきた。自分の中ですら漠然としていたものを言葉にすることで、なんだかすっきりと形作られた気がした。それとともに、自分がどれほど空虚な人間であるかも突きつけられる。  ただ、もし友達なんかに話そうものなら、なに気取ってんのだ、詩人にでもなる気? だとか、うわ、語りだしたよ、とバカにして一蹴されそうな話を目の前の天使はまっすぐに受け止め、頷いてくれたのは嬉しかった。 「分かった?」わたしが尋ねると天使は「分からないです」と少し悔しそうにしながら正直に答えた。 「そっか」わたしはふっと笑う「じゃあ、あなたはちゃんと生きてるんだ」 「使命があるので」天使は誇らしげに言った。  そう、彼女には使命がある。わたしには何もない。  何をどうすれば、他人から与えられたものに誇りを持てるっていうんだ。わたしには理解できない。  ああ、そういえば、天使は神様が呼吸をする度に生まれる、と神話学の講義で習った覚えがある。それなら、神様は親みたいなもので、良い子供なら親に言いつけられたことを実行するのは当たり前で、誇らしいことなのかもしれないな。  と、神様と天使を人間の親子に当てはめるなんて失礼なことを考えていながら、くしゅん、とわたしはくしゃみをした。ずっと動かずに河原にいたせいで、体が冷え切ってしまっている。 「寒くなってきたね。少し歩こうか」
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