運命のデュエット

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「目覚められたのですか?」 「…… 夢を見ていた」 「夢ですか?」 「そうだ……狂った子どもと言われていた頃から見ていた夢だ」 「…………」 「その夢の中でも、わしは変わり者だった。人と違うという事が、許されない、酷く狭い世界で生きていた。閉じ込められたように生きる……わしにとっては、その書簡を読みながら、そこに登場する人たちを想像するのが何よりも慰めであった。どのように、この人たちが躍動したのか…… そのような常軌を逸した夢の話を、父母に話しても相手にされるはずもない。夢の中だけでなく、(うつつ)でも居場所がない折に、お前に出会った。お前はわしの言う事を面白がった。そなたの父上も、面白がった。両親を相次いで無くした、わしにそなたらは親切にしてくれた」 「(わたくし)も母も、この姿形なので、蛮族と罵られて育ちました。その程度の事は、なんでもありません。それに、私も小さい頃から、夢を見ていたのです。 「それは、初めて聞く……」 「夢の中で、私は小娘で、やはり金物(かなもの)精緻(せいち)なカラクリばかりを触っておりました。酷く燃えあがる粉や油、おのずから長い間、動き続けるカラクリ…… それらを、思い起こして、それを木で作ってみたり。幼い頃から、そんなことばかりしていました。母にはよく怒られたものです。父は、あの性格ですから、やはり、面白がって、記録にも書いておりました…そんな時に、私は、あなた様に出会いました。私と同じ。このお方はこの世界の枠に捉われない知識と考えを持っている。このお方と何かをしてみたい。そう思ってしまったのです」 「…… 村を襲った馬賊(ばぞく)どもを仕留めたあの罠も、その夢のカラクリが、もとか?」 「はい…… しかし、穴に落ち、火に焼かれ、体を貫かれ、泣きながら死ぬ者を見るのは、さすがに辛うございました。いくら同胞を殺めた悪党共であったとしても……また、私は疎まれ、苦しみました。そのような時、あなたは親身に慰めてくださいました」 「…… 『あの男の嫁選びを真似てはならぬ』と人々は言ったものだ。しかし、あの騒動以来、我らを(あざ)ける者もいなくなったが、近づくものも現れぬ…… 難しいものだ」 「あなた様は各地の『いくさ』の勝敗を、予言され、それがまた想像を超えた当たり方をしてしまう。似た者夫婦という所でございましょうか。ふふふ」 「…… わしが夢の中で読んでいた書簡には、様々な事が書かれていた。その内容は、現実と一致する事が多い。断片を繋ぎ合わせてみると、それは、歴史書のようじゃ。詳細な地図や地名、起こる戦いや変事の内容と日時…… そして、それに関わる者たちの名前が載っていた。予想はそれで当たりをつけているだけだ。もし、前世というものがあるなら、わしは、それを夢で見ているのだろう。…… この地域にも、近々、大軍が攻めてくる……」 「乱世ゆえ…… 父以外にも、あなた様の才覚を知り、出仕(しゅっし)を請う方も多くなりましたね………… この地域が馬賊に狙われているとわかった時、付近の地形を調べ、罠をかける場所、村の若者を埋伏(まいふく)させる場所、手はずを整え、馬賊を殲滅した、あなた様の才覚には心底、驚きました。これは夢のお告げの力ではありますまい。そもそも、あなた様が夢に見た、その歴史書の中に、あなた様のお名前もあったのではございませんか? その行く末が(かんば)しくなく、腐っておられるのではありませんか?」 「………………月英(げつえい) ……」 「あなた様が昼寝をしている間、また、あの御方が来られました。『起こして来ます』というのに、あなた様が『起きるまで待っている』とおっしゃって、長い間、外でお待ちです。尊い御方が、一介の農夫を三度も御自(おんみずか)ら訪ね教えを請うなど、あの御方は筋金入りですよ? どうなさいますか? 孔明様……?」 「かの御仁(ごじん)が来られることもわかっていた…… 運命は変えられるだろうか?」 「かの御方に付かれるかどうかはともかく『これは運命だ』と諦めたくなるような事にでも、挑んでいくことは生きる上で価値あることではないでしょうか? お気持ちがあるのなら、どこまでも、ついていきますよ。その方が面白そうですし」 「あっはっはっは。お前には、敵わぬ。着替えねばならぬ。もう少し、お待ちいただくよう、客人に伝えてくれ」  歴史書、三国志によると、古代中国、西暦一八一年に生まれた諸葛亮孔明という人がいた。知略に優れ、天才的な作戦家であった。弱小勢力であった劉備という人に、三度請われて、配下に加わった。孔明は劉備(りゅうび)をよく助け、劉備は三大勢力の一角にまでになった。伝承によると孔明の妻は、黄色い髪をした、肌の色の浅黒い容姿の醜い女性だったという。その記述から、彼女は異民族の血を引いたエキゾチックな容姿だったのではないかという説もある。
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