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「そこで猫がザ・ビートルズってバンドのHelp!って曲を蓄音機で聴かせてくれたんです。私、その英語の歌詞を解説してもらって……なんだか、その猫が私の心象を汲み取って、聴かせてくれたように思えたんです」
「ふぅん……猫がビートルズをねぇ」
花柳さんはビートルズにもHelp!にも反応しなかった。普通に理解して納得している。やはりビートルズは猫が言うように世界的に有名なバンドに曲なんだろう。
知らないでバカにされたことを思い出し、少し凹む。
「それで、気付いたら自宅のベッドに寝てたんです。目覚めたときには上司から電話が来るほど大遅刻でして……その電話で私、仕事辞めるって言っちゃったんです」
「あらあら、それは急展開。そんなに彼の言うことが素敵だったのね」
花柳さんの問い掛けに、私はきょとんと小首を傾げる。
「素敵かどうかはわからないですけれど……デリカシーもないし」
「でも、その嫌な会社のすぐ近くのウチまで来たってことは、もう一度会いに来たってことでしょう? それって、よっぽどその気がないとできないんじゃないかしら?」
「えーーっ……そうかなぁ……? 第一、彼は猫ですよ? 猫に変な気を持つなんてそこまで性癖歪んでないですし……もちろん、彼に感謝の気持ちを伝えたかったってのはありますけれど」
花柳さんに話している自分自身が彼に対してどんな感情を抱いているのかよくわからなくなってきた。
混乱している頭を振り、コーヒーを一気に飲む。
「そういえば」
不意に花柳さんが口を開く。
「私のおじいちゃんとよく話が合いそうだな、その猫さん」
「おじいちゃん、ですか?」
「そう。私のおじいちゃんは猫も飼ってたし、ビートルズが大好きだったから。よくビートルズ聴きながら縁側で日向ぼっこしてたなぁ」
彼女の語り方が過去形だったので、きっとそういうことなんだろうと思う。
「辞めるって言った後、その猫の影響でビートルズのCD買ったんです。家に帰ると好きなアーティストに混ぜて聴いてるんですけれど、だんだん好きになってくるんですよね。同じアーティストを好きになったんだから色々聞いてみたいですね」
「おじいちゃん、好きなことには熱く語るタイプだったからきっと一晩中語り続けると思うな」
「望むところですよ! 私、今好きなことにすっごい情熱掛けたいと思ってるところなんで!」
私が笑顔を見せると、花柳さんもおかしそうに笑ったのだった。
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