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彼の向かいのカウンター席に座って、私はメニューを見つめる。前回と内容は変わっていない。相変わらず綺麗なイラストが散りばめられたわかりやすいメニューだ。
「何頼むか決めた?」
「今日はアイスティーがいいな」
「ほぉー……それは意外だね。絶対ケーキセットを頼むと思っていた」
クックック、と喉を鳴らす猫のマスターに私は頬を膨らませる。
「前回このお店に来たとき、すっごいデブデブって言ったじゃないですか」
「あれ、まだ根に持ってるのかい? 執念深いねぇ、キミ」
「本来女の子相手にデブって言うのはすっごいデリカシーの無い行為ですからね、やめたほうが良いですよ」
「それは気をつけよう」
軽やかに私の追求を躱しつつ、彼はグラスに氷を入れ、アイスティーを注ぐ。
カウンターの内側にいる彼の淀みない手付きを見ていた。思わず彼の口ぶりに噛み付いてしまったが――今はそんなことをしている場合じゃない。
私は彼から少し視線を落とし、意を決して口を開いた。
「……この前はありがとうございました。おかげで、スッキリとした気持ちになれました」
だから、その瞬間の彼の表情を見ていない。
「キミの気持ちが落ち着いたのなら、よかったよ」
見えていたのは手元とその延長線上、彼の身体の後ろにある細長くて黒と白の入り混じった毛並みの尻尾だけだ。
リラックスしていたように軽く持ち上げていたそれがゆっくりと左右に振れる。
「それで気持ちが落ち着いたキミが、その後どうしたのかを聞きたいね。そして、なぜ今日こんなに泣いていたのかも」
彼が仕上げにミントを乗せ、ストローを挿したアイスティーを私の前に出しながら囁いた。
「あの……一から十まで話さなきゃ駄目ですか?」
その後どうしたのかを話すのは抵抗ないが、なぜ泣いていたのかという理由を話すのは躊躇われた。
――謎の喫茶店で私の背中を少しだけ押してくれた猫のマスターにお礼の言葉を言いたかったのに、それが言えないって気付いて泣いてました。
そんなこと本人に直接言うなんて絶対からかわれるに決まってる!
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