~2杯目~ 電撃退職と猫のマグカップ

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~2杯目~ 電撃退職と猫のマグカップ

 雪島千尋はブラックな企業、ムカつく課長に電撃退職を申し告げた。  それからネットで調べた代理退職サービスに依頼し、電話一本で退職の手続きを全て代行してもらった。  ――あぁ、直属の上司様にはもう退職の意向はお伝え済みなんですね。それでしたら後は当社の方で全てお手続き致します。  受付の人はどこまでも親切で丁寧だった。私がしたことといったら退職願を書いてサービスの人に郵送したくらいだ。  退職なんて考えていなかったので、まさかこんなに簡単に退職できるとは思っていなかった。  明日からもう会社に行かなくていい。ウザい上司と顔を合わせなくていい。  そう考えると、急に身体の内側からやる気が湧いてきた。 「まずは見たかった映画を全部見て、ずっと行ってないショッピングに行って、雑誌で見たスイーツのお店に行く!」  日頃は土日も昼夜もなく働いてたのだから、このくらい自分にご褒美していいよね。  退職というミッションをクリアした私は、仕事に身を粉にしていた時間を取り戻すようにしたいことをした。  動画視聴サービスと契約し浴びるほど映画を見て、ショッピングモールに行きおしゃれな服を幾つも買い、雑誌で見たスイーツのお店に行ってたっぷり甘味を堪能した。  ガラ空きのショッピングモールの中、小洒落た輸入雑貨店に入った私は可愛い猫のイラストが入ったシンプルなマグカップを見つける。 「あ、これすっごい可愛い!」  思わず手にとって――脳裏に浮かんだのはあの生意気な猫だ。  ――いらっしゃい。バカな客。  私のことをバカとかデブとか散々罵ったのに、なぜか恨む気になれない黒と白のツートン・カラーのあの猫。  ……きっとあの猫の喫茶店に行かなかったら、あの猫に『Help!』を聴かされていなかったら……今日もきっと会社で無機質なスチールデスクと表計算ソフトの立ち上がったパソコンに向かって感情を殺しながら仕事をしているんだろう。 「あの猫にお礼を言わなきゃなぁ……」  気づけばそのマグカップを買って店を出ていた。
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