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シュガーの店内の一角には購入したパンを食べるイートインコーナーがある。折角なのでお姉さんオススメのピザパンと自家製クッキーを購入した。コーヒーはお姉さんが奢ってくれるらしい。
「この辺りってオフィスビル群のど真ん中でしょう? だからね、今くらいの時間ってちょうど凪なんだ」
プラスチックの使い捨てカップに入った温かいホットコーヒーを私の前に置きながら、お姉さんは言う。
時計を見れば13時5分だ。普通の会社なら昼休憩がちょうど終わるタイミングであった。
「間に少しパンとか焼く時間があるんじゃないですか?」
「それは両親の仕事なのね。私はまだ見習いだから全然パンに触らせてくれないんだー。私にさせてくれるのはパンの陳列とレジ打ちとパソコンで帳簿の管理くらい」
お姉さんは意外と話好きらしい。このままうんうん頷いてたらいつまでも喋っていそうだな――と思った矢先、
「そういえば、自己紹介が遅くなったね。私は花柳裕夏、ここがウチで両親のパン屋を継ごうと考えている見習いです」
「あっ、雪島千尋です。えぇと……無職です」
「えぇっ、若いのに無職なの?」
花柳さんは驚いたように目を丸くする。
そりゃそうだ、二十四歳の私がいきなり無職だなんて言ったら驚くに決まってる。
でも、無職になったのは結局これから話をするカフェの――そこの生意気なマスターせいだってことになるので、早々にカミングアウトしても構わないだろう。
私はここであった出来事を思い出しながら話していく。
それまではロクに休みが無いくらい仕事に追われていたこと、上司とのソリが合わなかったこと。
ある夜、終電を逃した私はこの場所にあったカフェに気づき、入店したこと。
「午前二時過ぎにここにカフェがあったのねぇ……」
「花柳さんには信じがたいかもしれないですが、私はこのドアを入ったんです。そしたら内装も何もかもが変わっていて……」
私は振り返って店の入口を見る。あのドアの形状だけはしっかりと覚えている。確かに、あのドアから入ったのだ。
「その喫茶店に入ったら待ってたのが猫の獣人だったんです」
「猫の獣人? 獣人って、あの『獣』に『人』って書いてファンタジー作品で出てくるようなあんな格好の?」
「そうなんですよ、直立二足歩行で立ち上がる猫なんです。彼がまた生意気で……人の事をバカとかデブとか凄い言ってくるんですよ! 初めて会ったのにすっごくデリカシーが無くて……」
私はその喫茶店で起きた出来事を一つひとつ思い出しながら、少しずつ話していく。
普通の人なら「夢でも見てたんじゃない?」と一蹴するような話なのに、花柳さんは暖かなホットコーヒーを飲み、クッキーを摘みながら(最初にシェアしようと言ってある)静かに私の話を聞いてくれた。
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