◆ ぬいぐるみに負ける京介

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◆ ぬいぐるみに負ける京介

 休日の、しかもデート中だというのにスマホが何度もうるさく鳴った。  初めてゲイバーを訪れた柊一を一人で残すのは気が引ける。しかしこれだけ何度も電話が掛かってくるという事は急を要する件なのだろう。仕方なく京介はマスターに目配せし、席を立った。  思ったより電話が長引いてしまった。急いで席に戻ると、嫌な場面に出くわした。柊一を取り囲むようにして両隣の席に男が座っている。片方は知った顔だった。 (リョウの奴、油断も隙もないな……)  京介は不機嫌さを隠すことなく、柊一を二人の男から引き剥がす。腹立たしいのは、自分にだけ気を許していると思った彼が赤い顔で他の男たちと談笑していたことだ。 (そんなに笑顔を振り撒かなくても良いんじゃないか?)  柊一は恋愛対象が男だという相手に慣れておらず、無防備だ。現地体験はもう十分。  京介は柊一を自宅へ連れ帰った。   「あの店、かなり気に入ったようだね」 「ええ。あんなに居心地良いお店は初めてです。現地に行ってみるのって良いものですね」  京介の言外に含ませた嫌味に気付くことなく柊一は笑顔で答えた。  明るい室内灯の下で見ると、彼はかなり酔っているようだった。男に囲まれて頬を染めていると思ったが、単に酔っ払っていただけらしい。 「そうか、それはよかった」  ずっとこの調子で誰にでもにこにこされてはたまらない。彼が男と恋愛するにせよしないにせよ、自分の顔見知りに持っていかれるのは不本意だ。  夏帆からはあの後おかしなメッセージが届いていた。 『お兄ちゃん、本気になっちゃったんじゃない?』 (柊一の事を言っているのか……?)  京介は何度も彼女に説明しているが、もう本気の恋なんてしないつもりだ。どうせ男同士では結婚出来るわけでもない。長く付き合って何になる? お互いに気楽な関係を保つのが一番良い。本気になって、相手に束縛されるのも束縛したくなるのもつらいだけ。  自分が柊一に構うのは、彼が珍しい男だからだ。抜群の容姿でどこから見ても魅力的なのに、恋愛が上手く行かずにもがいている。それでいて、無自覚に隙を見せては男を惹きつける。  今まで京介の周りにはいなかったタイプで面白いし、一緒にいて不思議とリラックス出来る。妹の手前ぞんざいに扱うわけにもいかないし、彼には幸せになってもらいたい――そんなところだ。  いや、それでは偽善的すぎる。出来れば、自分が彼の初めての男として手ほどきをしたいというのが本音だ。 「京介さん。ねえ、京介さーん?」 「ああ、すまない考え事をしていた」 「トイレ借りたいんですけど」 「それなら廊下を出て左の扉だよ」  京介の自宅で更に酒を飲んだ柊一はふらふらとおぼつかない足取りでリビングから出ていった。 「やれやれ、大丈夫か?」  すると突然廊下から「うわぁー!」と叫ぶ声が聞こえた。  京介は慌てて声のする方へ駆けつける。彼はトイレに行くと言ったのに、左右を聞き間違えたのか京介の寝室の扉を開けて立ち尽くしていた。 「ゴマ太郎じゃないかぁ」 「はぁ?」  酔っ払った彼はずかずかと室内に入り、ベッド横に置かれた白い物を持ち上げた。 「ゴマ太郎~! こんなところで会うなんて運命……?」  そう言って柊一が頬擦りしたのは、アザラシのぬいぐるみだった。 「京介さん、ゴマ太郎と同棲してたんですね」 「え? いや同棲って……それは夏帆が――」 「はぁ~癒される。俺、ゴマたんと寝ます……」 「君、ちょっと飲み過ぎだぞ。あ、おい! 寝る前にトイレは?」  ぬいぐるみを抱いてベッドに転がってしまった柊一の肩を揺する。 「眠たい~……ゴマたん、結婚しよう……」  彼はそう言うと今度は京介に抱きついてきた。 「おいおい! 柊一くん?」  その後なんとか彼をトイレに行かせ、まだ「ゴマ太郎と結婚する」と言って聞かないので京介のベッドで二人きりにしてやった。夏帆の選んだぬいぐるみは柊一の心を捕らえたようだ。 「さすがの俺も、ぬいぐるみにまで嫉妬はしないぞ」   仕方なく京介は別室で寝ることにした。
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