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キスの続きを教えて
京介と居るのが心地よくて、その後も誘われれば一緒に買い物や映画、スポーツ観戦などを楽しむという関係が続いた。
交際中の彼女とは週末ごとに会うのが実は億劫だった。
どこへデートに連れて行けば合格点をもらえるか。どんなお店で食事をしたらがっかりさせないか。彼女をどうやってエスコートしたら笑顔を見せてくれ、逆にどう対応すれば怒らせずに帰りまでの時間を過ごせるか――。
こんなことを毎週のように考えていて、柊一は知らぬ間に気疲れしていた。自分が彼女を喜ばせられなかった場合、帰宅後も気が滅入ってしまう。それでまた月曜から仕事に行かなければならないのだ。
結婚して幸せな家庭を築きたいと思いながら、安らげる相手とはなかなか巡り会えなかった。
しかし今にして思えば、彼女たちが柊一にかけた「思っていたのと違う」という言葉は、そのまま柊一が彼女らに対して感じていたことなのかもしれない。
(――俺も彼女たちに過度な期待をしていたんじゃないか?)
女ばかりの家庭で育って、知らぬ間に女性に対しての理想を恋人に押し付けていたのかもしれない。「母ならこんなことで不機嫌にならないのに」とか「妹ならもっと喜んでくれるのに」と今まで思わなかったと言えば嘘になる。
いずれにせよ、京介と過ごす分にはこういったわずらわしいことを考えずに済んでいた。
行き先は彼が大体決めてくれるし、半ば強引に誘われる距離感も意外と心地良い。相手を無理に楽しませようと気負うことなく、一緒に楽しめばいいと思える。
もしかすると、彼に甘えているということなのかもしれない。だけど、彼も一緒にいると楽しげに見えるし、無理をしているようには見えなかった。
◇
そしてある晩、また柊一は京介の自宅で酒を飲みながら海外ドラマを見ていた。彼がおすすめしてくれたSFのシリーズで、見始めたら止まらなくて最近このドラマのことで頭がいっぱいなくらいだった。最新話まで追いついてしまって、続きが次週に持ち越されて柊一は思わず叫んだ。
「ええ! 嘘、ここで終わり?」
「やっぱり今シーズンは抜群に面白いよなぁ」
「ちょっと待ってくださいよ。この後どうなるんですか? だって、このままだと船長が……」
夢中でドラマについて話していて、手にしたグラスからビールをこぼしてしまった。白いシャツが派手に濡れた。それをぼんやり見ていると彼が笑いながら言う。
「おいおい、もう酔っ払ったのか? 着替えを持ってくるからシミになる前に洗っておいで」
柊一はシャツを脱ぎ、洗面台でざぶざぶと洗った。鏡を見ると、顔が赤くて思ったより酔っているようだった。母に似て色白なので、胸元まで肌が赤くなっている。幸いすぐに流したのでシャツはシミにはなるのを免れたようだ。
ふと目を上げると鏡の中にいつの間にか部屋着を手にして立つ京介の姿が映っていた。鏡越しに目が合うと、彼が洋服を差し出してくる。
「はいこれ」
「すいません。ありがとうございます」
それを受け取ろうとした時、彼にぐいっと手を引かれた。不意をつかれてつまずき、彼に寄りかかってしまう。
「あ、すいません!」
すぐに身体を離そうとしたが、彼が腰に回した腕に力を込めたので密着したまま動けなくなる。洋服は床に落ちてしまった。
「京介さん……?」
「ドラマを見たりお酒を飲むのも楽しいけど、そろそろ聞いてもいい頃だと思ってたんだ」
「え?」
「君がこの先に進む気があるのかどうかをね」
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