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落ち込む柊一と夏帆の失恋
京介となら上手く付き合えるかもしれない――そう思っていた。だけど、だめだった。
あのときの自分のはしたない姿を思い出すだけで具合が悪くなりそうだ。あんなみっともない声を上げて、少し触られただけであんな――……。
しかも自分から「教えて」と言っておいて、失礼にも程がある。彼は優しく大丈夫と言った。柊一の気持ちの準備ができるまで待つとまで言ってくれた。だけど、そんなの自分勝手すぎる。好奇心で彼にキス以上のことを求めながら、あんな無様にイかされて泣いて逃げ帰るなんて最低だ。
これまでの彼女に振られたときより柊一はずっと落ち込んでいた。理由はわかっている。自分が京介のことを本当に好きになっていたからだ。
これまで、女性とのセックスも上手く行かなかった。なのに、好きになった人が相手でも失敗するなんて――……。
(もう、どうしていいかわからない。俺にはやっぱり男女関係なく恋愛は向いていないんだ)
そうやってしばらくの間彼にろくに連絡もできずにいた。彼が気遣って柊一に体調を尋ねるメッセージをくれたが、恥ずかしくて儀礼的な返事しかできなかった。
仕事中、上司を見ながら柊一はぼんやりと考える。
(この人がもし京介さんのような男性に押し倒されたら? 自分みたいに泣いて感じるなんて……やっぱりありえないよな)
「浅見? どうした、なんか元気ないな」
「いえ、なんでもありません」
仕事は忙しいし、恋愛のことはしばらく忘れよう。そう思っていたのに、このタイミングで夏帆から連絡があった。
◇
「柊一くん~!」
彼女は珍しく笑顔ではなく、眉を下げて困ったような表情で近寄ってきた。京介が甘える時と同じ眉に見え、なんとなく胸が痛い。
「聞いてよ、彼氏とだめになったの」
「え? だって、この前付き合い始めたばかりじゃ……」
「そうなの。それが酷いんだよ。彼、他に女がいたの!」
「嘘。まさか二股?」
「それどころか、向こうが本命。っていうか結婚してたの!」
柊一は驚いて絶句してしまった。
「しかも奥さん妊娠中だって……」
夏帆は最近、以前開催された合コンの幹事経由で紹介された男――かなり背が高い――と付き合い始めていた。しかしまさかその相手が既婚者だったとは。
「おかしいと思ったんだよ~。彼みたいな人が私のこと気に入るなんてやっぱりありえなかったんだ~」
彼女は泣きながら居酒屋のテーブルに突っ伏した。
「夏帆ちゃん、そんなことないよ。今回は完全に向こうが悪いじゃないか」
「うん……でも、あいつは全然悪いと思ってなくて。謝りもしなかった」
「嘘だろ、なんだよそいつ。このこと京介さんは知ってるの?」
彼女は首を振った。
「ううん、だってお兄ちゃんに知られたら絶対元彼のところに乗り込んで行ってボコボコにしちゃうもん」
たしかに、京介は夏帆のことを大事にしている。柊一にも妹がいるからこんなことされたら仕返ししたくなる気持ちはよくわかる。もし夏帆が自分の妹だったら――いや、そうだ。
「俺が行く」
「え? やだ、何言ってるの柊一くん」
「京介さんみたいには出来ないと思うけど、一言くらい謝らせないと」
柊一は自分のことですらむしゃくしゃしていた。その上、こんなに親切な女性が酷い目に遭うのを黙って見ていられない。
柊一の父もかつて母を置いて他の女のところへ行った。
いくら真面目に努力しても自分は女性を喜ばせられなかった。それだけに、女性を悲しませていい気になってる男をどうしても許せなかった。
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