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「え――?」
「つまり男なんだ~」
彼女がちょっと困ったような感じで微笑む。
「はい……!?」
(男の方が向いてるってそういうこと?)
「お兄ちゃんゲイなんだよね」
店内の物音が急に遠ざかったような気がした。
「浅見くん! 大丈夫? 聞こえてる?」
「あ……ご、ごめん。大丈夫。ちょっと一瞬気が遠くなって」
柊一は頭をブンブン振った。
(この子、もののたとえとかじゃなく本気で俺に男の人を勧めようとしてたのか……)
「ね! 会うだけ。一回皆で飲むだけ。どう?」
両手で拝まれても柊一は男性を相手に、なんて考えたこともなかった。
「いや、でもー……」
「だよね? わかる、いきなり男となんて無理だよね。だから別に付き合うとか付き合わないとかそういうんじゃなくていいんだ。こういう選択肢もあるよーって見てみたらどうかなって」
「うん……? うーん……」
「兄も別に男と見たらいきなり襲うような人じゃないから。ただ、友達になってアドバイスしてもらうだけでもいいし。私よりよっぽど恋愛経験豊富だからきっと浅見くんの悩みも解决してくれるかも」
柊一は押しに弱いタイプだった。しかも相手は好みの女の子で、強く言われると断りきれない。
「わかった……じゃあ、一回だけ……皆でなら……」
「ほんと? やったぁ! なんだかピンと来ちゃったんだ。お兄ちゃんは私と似てるし、私のことが好みならお兄ちゃんもきっと気に入ると思うよ!」
「あはは……」
気に入った相手に同性である兄を勧められてもちっとも嬉しくない。
(どんな人なんだろう……強引って言ってたけど、革ジャン着てタトゥーだらけの怖い人とかだったらどうしよう……)
そして柊一は当日まで震えて過ごすことになった。
◇
とうとう彼女と約束した日がやって来た。
逃げたいけれど、こういう約束をすっぽかせるほど柊一は不真面目ではない。
指定された店には柊一が一番最初に到着した。優柔不断で店を決めるのが苦手だと柊一がこの前話したから、予約は夏帆がしてくれていた。
東京タワーが見えるホテルのレストランで、広々としたテラスにソファ席が設置してある。開放的で洗練された雰囲気だ。彼女気が利いてるな――と思いながらキョロキョロしていたら、当の本人が現れた。後ろに背の高い男性がいるから、おそらくあれがお兄さんだろう。柊一は立ち上がって二人を迎えた。
「あ、浅見くん! お待たせ〜」
「こんばんは。俺も今来た所だよ」
「こちら兄の京介です。お兄ちゃん、こちらが浅見柊一くん」
「はじめまして」
笑顔でさっと右手を出されて咄嗟に握手した。男の柊一から見てもはっとする程のイケメンで、動作もスマート。いかにも大人の男という感じだ。
(勝手にタトゥーだらけの怖い人想像してすみません……)
黒く艶のある髪の毛に顔立ちは正統派の美形。スーツはたぶん柊一が着ているものとは値段が一桁違うだろう。
(なんだよ、俺なんかとは住む世界が違う人じゃん――もう帰りたいよ……)
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