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男性とのキス…アリかも?
ソファの背もたれに、彼の逞しい腕が掛けられた。触れられていないのに、まるで自分の肩を抱かれたように感じて心臓が跳ねる。
(――いやいやいや、まじで?)
「変なこと……しないって言ったじゃないですか……」
すぐに拒否しないなんて、ワインをたくさん飲んだせいでこちらも頭がおかしくなっているに違いない。
「試すだけだ。変な意味じゃない。君が……男でもいけるかどうか、はっきりさせようじゃないか」
柊一は思わず生唾を飲み込んだ。
(試すだけ――。別にキスしたからって、すぐに男の人と付き合うってわけじゃない)
どうすべきか少しの間迷った末、柊一は視線を外さずに答えた。
「じゃあ……一回だけ、お願いします……」
思ったより口の中がカラカラで掠れた声が出たのが恥ずかしくなり、柊一はギュッと目を瞑る。京介の大きな手が優しく頬に添えられた。
来る――と思った瞬間、ワインの香りがする吐息と共に唇が触れ合った。温かく、厚みのある唇が遠慮がちに柊一の薄い唇を包む。女の子の唇よりも弾力があって大きな口。彼が顔を動かすと高い鼻が自分の鼻に当たる。初めてキスするわけでもないのに、まるでこんなこと一度も経験したことがないような錯覚に陥った。
(男性にキスされるってこんな気分なのか――……俺、いける気がする。酒のせい? わからないけど……気持ちいい)
いやらしくなるかならないかギリギリの所で京介は唇を離した。それが逆に「あれ、もう少し」と思わせる絶妙さだったから、自分から少し追いかけそうになって頬が熱くなった。
彼の顔を見ると、さっきまで甘えたことを言って柊一を引き止めた人とは思えないほど冷めた目をしていた。
「柊一くんごめん、今日は帰ってくれる?」
「え、あ……、はい!」
なぜか胸がずきりとし、急激に目が覚めた。キスされて自分だけ気持ちよくなっていたのかと思うと恥ずかしさで顔が火照る。柊一は急いで荷物を持ち、玄関で靴を履いた。認めたくないが、帰れと言われてショックを受けている自分がいた。
(――何考えてるんだ俺……)
「また来てくれる?」
そう言った京介を振り返ることができずに柊一は曖昧に頷いた。
外に出て足早に歩く。柊一は思ったよりもがっかりしていることを自覚して戸惑った。
(あんな言葉を真に受けてキスするなんて……)
だけど帰らないでとすがってきたときの京介の目――。
「子犬みたいだった……」
(いやいや! 年上の男相手に何言ってるんだ俺。でも――本当にそんな感じだった)
彼は会社の専務だし、柊一みたいな平社員と違うエリートだ。なのに酔ってあんな風になるなんて。
(京介さんの冷たい目を見ただろ。からかうつもりだったのに、俺が真に受けたから白けちゃったんだ)
これまで女性と付き合ってきて、「一緒に居て心が休まらない」とか「堅苦しい」「お母さんみたい」と言われてきた。だから初対面なのに彼がこちらに気を許して甘えてくれたのが嬉しかった。同性の恋人なんて今まで考えたこともなかったのに、キスしたとき一瞬「男との恋愛もありかもしれない」と思わされた――なのに。
「このタイミングで追い出すなんて酷くない?」
こんな気持になるのも、ちょっと涙目になったのも、全部酔っているせいだと柊一は思うことにした。
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