1 私は国民に自分の○○を飲ませた罪で追放されました。

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   あの公開処刑にも等しい謁見の間での一幕から数日が経ち。  私は宣言通り教会を追い出され、お城の兵士たちによって連行されていた。 『背徳の聖女、ジュリア。これから貴様を魔境にある村へと送る。覚悟は良いな?』 『あの、兵士さん。それは良いんですけど、私の荷物ってこれだけですか? その、食糧とかは……?』 『――チッ。これから死にに行く小娘に、そんなモン必要ねぇだろうが。あぁ、監視として傭兵が同行する。必要ならソイツに媚びればいいさ。その貧相な身体でも、運が良けりゃパン屑ぐらいなら恵んでもらえるかもな。クックック……さぁ、時間だ。さっさと行け!!』  ……と、そんなやり取りがあり。  私はロクに準備もさせて貰えない状態で、用意されていた馬車へと無理やり詰め込まれてしまった。  ◇  魔境に向かい始めてから、数時間が経ち。 「あうっ、痛っ……」  既に拘束は解かれてはいるものの、馬車の乗り心地は最悪だった。舗装も無い道を行くせいで、私のお尻は何度も悲痛の声を上げていた。 「旅行気分……って思い込むにはちょっとキツいわね」  そもそも馬車に乗るどころか、王都の外に出るのも生まれて初めて。  元々私は、王都の街をドブネズミのようにうろつく孤児だった。それを聖女長が拾ってくれて、教会に住むようになって……。 「それで今度は人間領の果てに追放。それも、罪人でとして……ふふっ、とんだ出世よね」  教会での幸せな数年間が、走馬灯のように頭を駆け巡る。  ……やめよう、悲しくなってくる。  取り戻せない過去よりも、これから魔境でどう楽しく過ごすかを考えなくっちゃ。  ひとりで(かぶり)を振りながら、無理やり思考を切り替える。  どうせ今までだって、私は独りで生きてきたのだ。また身軽になっただけで、過去を嘆いて悲観するのは柄じゃないわ。 「とは言っても、魔境かぁ。話では聞いたことがあるけれど、果たしてどんな所なのかしら」  人間領と魔族領の境目にあるから、魔境。  この魔境の何が恐ろしいのかって言えば、“瘴気”の存在だ。  魔族領から漂ってくる瘴気は生き物をモンスターに変えたり、人間に呪いを掛けたりする。つまり、害しかない。  見習いとはいえ、私も瘴気を浄化する能力を持った聖女の一人だったから耐性もあるけれど……やっぱり怖いものは怖い。  ちなみに私は瘴気が嫌いだけど、魔族に対しては特に偏見はない。  魔族領にも王が統治している国があるし、魔族が普通に生活しているからね。  彼らは瘴気に耐性があるというか……たぶん、私たちにとっての空気と同じなのかもしれない。だから向こうにとっちゃ、別に自分たちは悪くないと思うのは至極当然のことだ。  まぁそうは言っても、魔族を良く思っていない人はどうしても居る。  殆どの魔族は友好的だけど、やっぱり瘴気だけは人間と相容れないのは、それもまた事実だから。  だから国も軍を置いて、魔族やモンスターの襲来を抑えているんだろうし。  ともかく、私が今向かっている魔境とは、少なくとも観光で行くような場所では無いってこと。  住むことになる村だって、半分は軍の駐屯地らしいから……うん、決して居心地の良い場所では無いだろうね。 「もう半分は傭兵さんが住んでいるらしいけど……女の私が行って大丈夫なのかなぁ」  予定では駐屯地ではなく、傭兵たちが拠点としている簡易村の方に住むことになっている。  過去に聖女が居た小さな教会があるらしいから、私もそこに住むつもりだ。    まぁ、住む場所があるのは良い。  雨風を(しの)げるのは、凄く有り難い。  だけど不安要素はやっぱり、傭兵たちなのよね……。  傭兵と言えば防衛がメインの軍とは違い、魔族領でモンスターを狩る専門職だ。  つまり荒くれ者のイメージがどうしても離れない。  今もこの馬車の中に四人の傭兵が居るんだけれど……なんていうか、想像以上だった。  右端の席。  如何(いか)にも経験豊富そうなガタイの良い剣士に、軽装の皮鎧を身に着けている魔法使いの中年二人組。  左端の席。  モンスターよりも人を殺していそうな、鋭い殺気を放っている銀鎧の若い男。  私の左の席……。  酒をグビグビ飲んではカエルみたいに汚いゲップをしている、酔っ払いのオジサン。 「いや、自由過ぎでしょう……?」    剣士と魔法使いは良い。凄く普通だ。  (はた)から見ていても『あぁ、これが戦う男なのね』と思わせてくれる。ある種の安心感があると言ってもいいだろう。  それに比べて、残りの二人はどうなのよ?  ――ギロリ。  うわ、こっわ。  少し視界の端で見ただけで、銀鎧の人からは睨まれるし。 「あぁ~、やっぱり王都の銘酒『魔女の脇汗』は最高だわ。香りからしてひと味ちげぇぜ!!」  いやいやいや……何を言っているのよ、この酔っ払いは?  第一、そんな酷い名前のお酒なんてある?    百歩譲ってあるとしても、それに対する感想が気持ち悪すぎるのよ!! 「ふへへ、最後の一滴まで舐め取ってやるぜェ……」  ――こっ、この人……レディに対する配慮というものが無いワケ!?  王都の町娘なら、傭兵みたいな男には慣れっこかもしれない。だけど私はこれでも、立派な(元)聖女(見習い)。  つまりは女の園の住人だ。  教会に居た普通の聖女だったら、とっくに馬車の中で発狂しているわよ!?  「まぁ私だって普通じゃない自覚はあるから、別に良いけどさぁ……」  どうせ私は、元から聖女らしい聖女じゃなかったし。 「おう、どうしたんだ嬢ちゃん。馬車の旅は退屈か?」  ついつい昔の事を思い出していたら、あの酔っ払いの変態オジサンが私に声を掛けてきた。  さっきからチラチラと私を見ていたから、話すタイミングを窺っていたんだろう。 「……そうですね。あんまり楽しいものでは……ないかもしれません」 「ガハハハ、そうか!! ところで嬢ちゃんは聖女なんだろう? やっぱり魔境が恐ろしいのか?」  うへぇ、やたらグイグイ来るなぁ。  もしかしたらモンスターなんかよりも、目の前にいる酔っ払いオジサンモンスターの方が、私としてはよっぽど恐ろしいかもしれない。  とは言え、そんな事は色々と怖いから口が裂けても言えない。  だからここはお茶を濁すけど。 「はい……いやまぁ、正確に言うと私はもう聖女ではないのですが……」 「そうなのか。でもまだ見た所、若い姉ちゃんだしな。魔境行きなんて可哀想に」  チラ、と私を頭のてっぺんから下まで見て若いと判断するオジサン。たしかに私はまだ若いといえる歳である。  逆にオジサンはオジサンだ。だいたい四十前ぐらいの見た目かな? 「ところで嬢ちゃんはどうして魔境なんかに? 追放されたって聞いたが、一体なにをやらかしちまったんだ? お偉いさんの浄化にでも失敗したか?」  ニヤ、と悪意のない笑顔でオジサンはそう尋ねてきた。  うーん? どうやら女の私を口説くつもりはなさそうね。少なくとも、好感度を上げようという気はサラサラ無いみたいだし。  たぶん長旅が暇だから、他人の失敗話でも聞いて酒のツマミにしたいってところかしら。  ……いや、この人が監視なら私が追放された理由ぐらい、当然知っていそうなものだけど。  ――まぁ何でもいいか。  どうせ魔境に着くまで、あと数日は掛かるのだ。  これから同じ村に住むのなら、表面上だけでも仲良くなっておくに越したことはないだろう。  私の黒歴史ごときで暇潰しができるなら、喜んで話してあげようじゃない。  気に入ってもらえたら、ご飯を恵んでくれるかもしれないしね。  さて、何処から話そうかしら――  いつの間にか私のすぐ(そば)に座ってきたオジサン。ワクワクした様子で、遠慮無しにお酒をグイッと(あお)る。  私は気合を入れ、すぅっと息を吸ってから口を開いた。 「実は私――皆に()()()()()()()()()()()んです」 「――ごふっ!?」
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