3 起死回生の種

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3 起死回生の種

    あれから数日が経ち、馬車が魔境の村へと到着した。  初めての長旅をずっと馬車に乗っていたせいで、身体のアチコチが痛い。  私のお尻がこれ以上に大きくなったらどうしてくれる。 「それにしても驚きました……皆さん、本当にお強いんですね……」 「ガハハハ!! そうだろう!! なんつったって伝説の竜騎士サマだからな!!」  私の本心からの褒め言葉に、ブルーノートさんは気分良さそうに大笑いをする。  相変わらずお酒をグビグビと飲んでは、下品なゲップを繰り返している。  このブルーノートという名の酔いどれオジサンは、なんと最前線で魔王と戦う竜騎士(ドラゴンスレイヤー)だった。  最初に竜騎士と聞いた時は、てっきり酔っ払いの戯言(ざれごと)なのかと思ったんだけど。  途中で出くわしたモンスターを()()()あっという間に討伐してしまったので、どうやらそれは本当だったようだ。 「竜騎士にかかれば、雑魚モンスターなんて鼻毛一本でぶっ飛ばせるんだぜ?」 「それは倒されるモンスターも嫌でしょうね。なんだか瘴気も増しそうです」  鼻毛はともかくとして、この竜騎士という肩書きはダテじゃないみたい。  元々は国の軍を率いていた伝説の騎士団長で、実力もピカイチ。  魔法と剣技を合わせてモンスターたちをなぎ倒す、人類最強の男なんだそうな。  なんでも街を襲ったドラゴンを、少数の部下を率いてほぼ単独で討ち取ったらしい。  その偉業から竜騎士という名誉を王様から直々に貰った、とても凄い人。  ちなみにここには、そのドラゴンを討伐した時のメンバーが他にも居る。  剣士のバンズさんと、魔法使いであるラパティさんの二人だ。  そして何とビックリ。  寡黙そうな銀鎧のヴェイルさんは、ブルーノートさんの息子らしい。  確かに一人だけ若いなーと思っていたけど。  聞けば彼は数年前から、父親のブルーノートさんたちと一緒に傭兵家業をしているんだって。  もはや彼にとっては他の二人も家族みたいなもので、名前も呼び捨てにするほど仲良しさんみたい。  しかも彼は私と同じ十八歳だと言うではありませんか。  同年代の男の子ってあんまり話したことが無かったから、とても新鮮に思える。  じぃっと見つめて観察していたら、視線に気づいたクロードが私に向かって口を開いた。 「なに? 俺に何か言いたいことでもある?」 「いや、親の顔が見てみたいなぁって」 「……目の前にいるじゃない」 「うん、そっちじゃなくて」  さらにはこのクロードという少年。  よくよく見たら、結構なイケメンなのだ。  ブルーノートさんと同じ銀髪だけど、顔立ちはぜんっぜん違った。  きっとお母様がとてつもなく美人なのだろう。 「そもそも、なんで一度も戦わなかった親父が一番得意げなんだよ?」  注意しても私が視線を外さないのが恥ずかしかったのか、クロードは頬を染めて唐突に話題を反らしにかかった。ふふふ、可愛い奴め。 「そうですよ。戦闘は僕らに任せっきりで、ずっと馬車に引き篭もっていたじゃないですか」 「ガハハハハ!! いいじゃねぇか。こまけぇことは気にすんなって!」 「……あまり気にしないでくれ、ジュリア嬢。コイツはいつもこうなんだよ……」 「あぁ、もう。恥ずかしい……」  三対の白けた目が、一人の酔っ払いへと集まる。  だけどブルーノートさんは気にした様子もなく、ヘラヘラと笑っていた。  この人、本当に英雄なの……?  実はモンスターが化けた偽物とかじゃないよね?  こっそりお酒にヨダレを混ぜて、試しに浄化してみれば良かったかしら。 「さぁって、と……俺はそろそろ、村で飲み直してくるわ」 「えっ、もう行っちゃうんですか?」 「なんだ、寂しいのか? ガハハ、俺はどっかの酒場に居るだろうからよ。なんかあったらいつでも気軽に言ってくれや」  それじゃあな、と言って村の中へフラフラと消えていってしまった。  こっちの挨拶もロクに聞かず、仲間である三人も放ったらかしだ。  最後まで自由人というか、英雄らしさの欠片も無かったなぁ。    どうみても草臥(くたびれ)れたオジサンの背中を、私は小さくため息をついて見送るのであった。 「まぁ、普段はあんな人だがな。モンスターや魔族相手にはクッソ苛烈なんだよ」 「ここに来るまでは、敢えて力を抑えていたんでしょうね。ジュリアさんを怖がらせてしまいますから。本人は照れくさくて、自分からはそんなこと言わないでしょうけど」 「……ラパティの言う通りだ。親父が本気を出したら、そこら中が焼け野原になる」  そんなに強いんだ、ブルーノートさん……。  モンスターに文字通り無双していた三人が言うんだから事実なんだろうけれど……更にも増して彼が分からなくなってきた。  雑なようで意外に繊細だし、自分勝手そうなのに細かいところで気を遣ってくれるし。 「それに今は……な」 「そうですね。今の彼は休業中ですしね」 「……」  なんだろう? 二日酔いだと思うように戦えないとか?  ……そんなわけないよね。それなら飲まなきゃ良いだけだもの。  あとクロードさんが何故か悲しそうな表情だ。 「ブルーノートさんに、何かあったんですか?」 「いや、気にしないでくれ。ちょっとした、個人的な理由なんだ」  ……あんまり良い理由ではないみたい。  三人とも口を噤んでしまったし、これ以上は私も触れないようにしよう。  まぁ、付き合いは長くなりそうだし。  そのうちいつか理由も分かることでしょう。 「ところでジュリアさんは、魔境村の教会に住む予定なのか?」 「え? あ、はい! ていうか同い年ですし、()()付けじゃなくて良いですよ?」  クロードさんが私と荷物を見て、これからどうするのかと尋ねてきた。  荷物と言っても、持っている肩掛け鞄には本当に最低限の物しか入っていない。  下着に保存食、水に調味料ぐらいだ。 「そうか、じゃあ俺のこともクロードで良い。教会では聖女の仕事を?」 「そのつもりです。教会で浄化のお仕事をしながら、何か出来ることを探してみたいと思います」 「できればヨダレは勘弁してほしいんだけどな……あぁ、そうだ。コレが役に立つかは分からないけれど、良かったら。魔族領に近い此処(ここ)ならば、もしかしたら育つかもしれない」  そう言ってポンと手渡されたのは、小さな布袋(ぬのぶくろ)だった。  さっそく紐を解いて口を開いてみると、そこには黒くてゴツゴツした粒々が袋いっぱいに詰まっていた。 「これは……種、ですか?」  クロードさんには申し訳ないけれど、中身を知って私はガッカリしていた。  なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()から。  これは私でも知っている、この世界の常識だった。  そしてその逆もまた然りで、人間領の植物は魔族領ではたちまち枯れてしまう。  単純に土や気候が合わないのかもしれない。  魔族領から漂う瘴気と人間領の聖気が相反するから、と言う人も居る。  理由はともあれ、二つの領の狭間にあるこの魔境では、植物が全く育たないことは事実だ。  魔境から動けない私に渡されても、正直扱いに困ってしまう。 「それは僕たちが魔族領の精霊区(サンクチュアリ)で採ってきたものですね」 「精霊区、ですか……?」  首をかしげる私に、インテリそうなラパティさんが説明を続ける。 「精霊区にある植物は魔族領の中でも特殊でしてね。まだ不明なことも多く、研究のし甲斐がある貴重な種なんですよ」 「あぁ~、確かにこの種なら魔境でも育つかもな」 「本当ですか!? うわぁ……私、魔族領の植物って見たことないんです!!」  バンズさんの言う通り、ここで食べ物になる植物が育てば食糧問題は一気に解決だ。  精霊区は聖域とも呼ばれている神聖な地で、不思議な植物が多いらしい。  もしかしたら未知の美味しい野菜が収穫できるようになるかも……!! 「だがどんな影響が出るか、全然分からないんだよなー」 「精霊区産の野菜は魔族領でも流通しているので、たぶん大丈夫だと思いますが……」 「ジュリア、何かあったらすぐに俺を呼んでくれ」 「そうなんですね……ありがとうございます!!」  大事なのは、お腹いっぱいになるまでご飯が食べられるようになるということ。  何が育つのかは全くわからない?  上等じゃない!! 魔族の食べ物ってどんな味がするのか、今から楽しみだわ。  いいじゃない、魔境グルメ。  まだ誰も食べたことのない、人間領と魔族領を掛け合わせた私だけの味。  それをこの魔境で創り上げてやるわ!  ふっふふふ……!! 私の新しい食道楽人生の幕開けよ……!! 「あぁ、ちなみに……」 「はい? なんですか?」  何かを思い出したのか、バンズさんが少し気まずそうな表情で口を開いた。  他の二人も思い当たるフシがあるのか、同じような顔をしている。 「過去にも魔族領の種を育てようと、色々と試した奴も居るんだが……」  あら、すでに先駆者がいらっしゃったのね。  別に先輩がいたとしても私は気にしないわよ?  むしろ教えを乞いたいぐらい。  ところで、その人はまだ魔境の村に居るのかしら? 「人食いカボチャが生まれてバクッと喰われましたね」  ――はいっ!? 「あの、それってどういう……」  しかし詳細を問いただそうとするも、バンズさんとラパティさんは目をツイーっと私から逸らし、 「じゃ、じゃあな! 元気でやれよ!!」 「何かあったら頼ってください……人食いカボチャ以外で」  と逃げるように去っていった。  なんて無責任な……どいつもこいつも好き勝手言いやがって!! 「クロード、これどうしたら……」  良心の最後の砦。  唯一この場に残っていた人物の方へと振り向いた。  もはや頼れるのはこの人しか居ない……!!  やっぱりクールな男はカッコイイわよね!  しかしクロードはポン、と私の肩を叩いてこう呟いた。 「……がんばれ」 「えっ」  待って――と言葉にする前に、その場から煙のようにポンッと消えてしまった。 「ちょっとぉおおお!?」  案の定というべきか。  この僅か数時間後、この種は私を襲う新たなトラブルの種となっていた。
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