3 起死回生の種

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 バンズさんたちに教えてもらった道を歩き、私は村の端っこにある聖女教会へとやって来ていた。  ……までは良かったんだけれど。 「うへぇ、これは予想以上に酷いわね……」  私は聖女教会と思しき敷地の前で、呆然と立ち尽くしていた。 「どうしよう、本当にこんな場所に住めるのかしら……」  視界の先には確かに、聖女教会の証である六角形(ヘキサゴン)のレリーフが付いた建物がある。  ……だけどこれは、誰がどう見たって廃墟だ。  いっそ壊してから立て直した方が早いかもしれない。それほどまでに、この建物はボロボロに朽ち果ててしまっている。  なにせ屋根にはアチコチに穴が空いているし、壁も(つた)だらけ。庭は荒れ果てて何かの残骸が転がっている。  とてもじゃないけれど、人が住めるような環境だとは思えなかった。  最後の住人である前任者の聖女が居なくなってから、誰も手入れをしてこなかったらしい。 「それにしても不気味ね。瘴気のせいかしら。もしかしてお化けとか……で、出ないわよね?」  まだ昼間だというのに、隙間から見える建物の中は真っ暗だ。  全体的に(よど)んだ空気が漂っていて、まるで侵入者を拒んでいるようだ。  うーん、かといっていつまでも外から眺めていても仕方がない。  そこら中に残骸が転がっている足元に気を付けながら、裏手にある玄関からおそるおそる入っていく。 「お、お邪魔しまーす」  ギギギギ、と立て付けの悪い木のドアを開けて中を覗いてみる。  パラパラと砂埃が中に舞い、外から差し込んだ光でキラキラと(きら)めいた。 「いったいいつから無人なんだろう。ていうか、本当に住める場所なの?? でも街には傭兵さん用の割高な宿しか無いって話だし、今さらそこに……ひゃあっ!?」  ――なにか、いる!? 『ぢゅー……?』  ――ネズミだ!!  人間領では見たことも無いような、六つ脚のネズミ。そいつが、壁の穴から顔を出してこちらをじぃっと覗いていた。  きっとアレもモンスターの一種に違いない。  戦う術の無い私には逃げるしかないが、腰が抜けてしまってその場から動けない。 「ゆ、ゆゆゆるして!! 私を食べても美味しくないから! 代わりにご飯あげるから!! お願いだからどっか行って!!」 『ぢゅぢゅー!!』 「ぎゃああああっ!! 来ないで!!!!」  出している自分でもびっくりするほどの、本気の絶叫が廃墟に響き渡る。  もはや命乞いのプロと言ってもいいだろう。  だけどもちろんモンスター相手にそんなものが通用するわけが無かった。  六つ脚をシャカシャカ動かし、こちらへと猛ダッシュするモンスター。  襲われる!? と思ったのも束の間。  特に何かをされるわけでもなく、ネズミモンスターはそのまま外へと走り去っていった。 「な、なんなのよぉ……」  突然の出来事に気が抜けてしまった私は、埃まみれの床にペタンと座り込む。  汚い、怖い、キモチワルイの三拍子だ。  もうこの時点で私のメンタルはポッキリと折れそうになっていた。  埃一つない教会で暮らしていたあの頃が懐かしい。  掃除なんて大っ嫌いだったけれど、今なら喜んでやれそうな気がする。 「もうがえりだい(帰りたい)よぉ……」  いったいどうして私が、こんな目に合わなくちゃならないのだ。  私は聖女としての務めを精いっぱい果たしていたつもりだったのに。 「串焼き……野菜スープ……小麦焼き……じゅるり」  お金さえあれば何でも手に入っていた王都が懐かしい。  いや、お金なんて殆ど無かったけれど、少なくともここより安全だった。今じゃこんな魔境で飢え死にするような未来しか残されていない。  ――ぐぎゅるるるるぅ~ 「くっ、しかし負けてなるものか……私は、ここで魔境グルメを開発すると誓ったのよ。ネズミごときにこの夢を潰されてたまるものですか……!!」  もはや何と戦っているのかも分からない私だけれど、意を決して立ち上がる。近くに落ちていた棒切れを引っ掴み、武器代わりにして建物の中を探索していく。  もう一度出てきたら返り討ちにして夕飯のオカズにでもしてやるつもりだったけれど、幸か不幸かそうはならなかった。  どうやらあのネズミモンスターが一匹、ここに居付いていただけみたい。 「とはいえ、課題はたくさんだわ。ベッドにキッチン、あとは礼拝堂。その三か所は最低限整えないと生活出来ないわね……」  使えそうなものと言えば(かまど)とボロボロのバケツ、それに()びかけた農具。  あとはカビの生えたベッドぐらいだった。  まずはこれらを最優先で掃除していく。 「近くに川が流れているから、水には困らないと思うけど。でもなぁ」  掃除に使う水を汲みに行くついでに飲んでみたけれど、多少お腹が膨れても一瞬だった。  やはり最初のうちは村の方で食材を手に入れるしかないみたい。 「バンズさんたちに貰った種……早目に()いておこう。もしかしたら本当に食べ物の種かもしれないし」  どうせ育てるのには時間が掛かるだろうし、そもそも発芽するかも分からない。  やれることは今のうちにやっておこう。  そうと決まればさっそく行動開始だ。  疲れた身体に鞭を打ちつつ、教会の裏手にある空き地へヨタヨタと歩いて行った。  ◇ 「さて、まずは小さな畑からね」  腕を捲くり、気合を入れて地面に転がる岩をどかし始める。  これだけでも結構な作業だったけれど、手伝ってくれる人も居ないのだから仕方がない。 「明日は筋肉痛になるのは確定ね。……さて、次はどうすればいいのかしら?」  農業なんてやったことは無いから分からない。  取り敢えず、前任者が置きっぱなしにしたクワで何となく耕してみる。 「くっ……これは中々の重労働……」  へっぴり腰でクワを上げては降ろすという作業を繰り返し、水溜まりぐらいの小さな畑がどうにか完成した。  もう私の手足と腰はガタガタだ。  畑の状態もコレであっているのか分からないし、もうちょっと詳しい人に聞かなきゃダメかもしれない。 「弱音ばかり言ってはいられないわ。何事もチャレンジよね……さて、今日はお試しで十粒ぐらい蒔いてみようかしら?」  貰った種は布袋の中に大量に入っている。  これを少しずつ環境を変えて試してみよう。  先は長いだろうけど、頑張れ私。  布袋を片手に完成したばかりの畑にしゃがみ込む。  指でグリグリと地面に穴をあけてから、種を一粒ずつ大事に埋めて「大きく育ちますように」と願いを込める。それが終わったら、バケツに汲んでおいた水をザバーっと掛けていった。 「ふぅ、一先ずはこれでいいかな。ふふふっ、何の食材が生えてくるかなぁ。人参? 大根? それともお芋かしら……ソテーにサラダ、煮物にしても美味しいわよね……」  あぁ、駄目だ。  考えただけでヨダレがジュルリと出てしまう。  いや、この時の私は疲労と空腹で本当にヨダレが出ていたことに気付いていなかった。  せっかく整えたばかりの畑に、私の新鮮なヨダレがポタ、ポタとこぼれ落ちていたのである。 「……はぁ。でもお腹いっぱい食べられる日なんて来るのかしら……あら?」  ――わさわさわさ 「ひえっ!? なっ、なななな!?」  気付けば埋めたばかりの種からニョキニョキと芽が飛び出し、双葉から更に本葉へと成長していく。  そうしてあっという間に、一つぐらいもしかしたら芽が出るかも?と思っていた畑は、十株の立派で大きな野菜で埋め尽くされていた。
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