3 起死回生の種

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 植物の芽も生まれぬ不毛の大地。  そんな人外魔境の地に種を蒔いたら、巨大な植物が生えてきてしまった。 「ど、どういうことなの……?」  私の目の前には、私のひざ元まで成長したナニカがそびえ立っていた。  太さも中々のもので、両手でぐるっと抱えられそう。スケールは兎も角……どうやらこれは何かの野菜みたい。  見た目は人参に近い?  葉っぱは細くて長く、ギザギザしている。  土から少しはみ出た部分は赤色の根茎部分が少し覗いていた。  たぶん、地下に可食部があるのだろう。  ……これが、本当に食べられる野菜ならば。 「引っこ抜いてみる? ……嫌な予感しかしないけど」  どう見たって不穏だ。  なにせさっきから、風も吹いていないのに葉っぱがワサワサと不規則に揺れている。  間違いない、コレは私の知っている野菜ではない。  人食いカボチャ程の大きさは無いとはいえ、もしかしたらモンスターの可能性だってある。 「でも自分から出てくることはないみたいね。……よし、土から出してみましょう」  万が一、これがモンスターだったら急いでブルーノートさんを呼んで来よう。  ドラゴンスレイヤーなら野菜スレイヤーにだってなれるだろう。  逃げる心構えだけは済ませた。  近いところにあった一番立派な株を選び、むんずと葉っぱをを両手で掴んだ。  そして思いっきり後ろへと引っ張ってみる。 「ふっぬぬぬ……中々やるわね!! でも雑用で鍛えた私の足腰を舐めるんじゃないわよ!!」  聖女教会に居た時に経験した、罰則という名の重労働の数々。  荷物運びや掃除を繰り返した回数では誰にも負けないわ……!!  体重をかけ、自分の足をテコ代わりにして奮闘することしばし。  ようやくこのお化け人参が顔(?)を出してきた。 「もう……ひといきっ!! ふんぬぬぬぬっ――ぬああっ!?」  ズバッ、という音と共に、遂に引き抜くことに成功した。  しかし私は勢い余って、そのまま背中から地面に倒れ込んでしまった。 「あいたたた……ふぅ、やっと抜け……」  私は(いま)(つか)んだままのソレを見て、言葉を失った。  なぜなら―― 『キャロ? なんだ、朝か?』  私の正面に居たモノ。  それはガラの悪い顔のついた、ホンモノのお化け人参だった。 「ひっ……喋った!?」  何が起きたのか訳が分からず、身体がピキリと硬直する。  代わりに脳内ではこの状況をどうにか理解しようと、高速で思考が回転していた。  ――植物のモンスター? でも瘴気は感じられないわ。  ――喋る野菜? 前に何処かで聞いたことがあったような?  手足の生えた人参のような見た目。  顔があって、地面から引き抜くと声を上げる。  そうだ、もしかしてコレ……マンドラゴラってやつなのでは?  昔どこかで、そういう喋る野菜が居るって聞いたことがある。  でも本物のマンドラゴラなら、引き抜かれて地上に出た瞬間に叫び声で人を殺すはずだ。  少なくとも、こんなゴロツキみたいな太眉で鋭い目つきの人面人参ではなかったと思う。 「は、はははは……」  ――なぁんてね。  きっと空腹と疲れで、野菜の皺を顔と見間違えたのよ。さっきの声もきっと、私の幻聴だわ。  野菜がそんな生意気なことを喋るわけがないもの……。  ここは一度、地面に埋め直して今日はゆっくり休みましょう……。  動くようになった身体を起こし、立ち上がる。  ぽっかり空いていた畑の穴に、持っていた人参を突っ込んで土を掛け直していく。  パンパン、と手と服に付いた土を叩き落として、あとはもう教会に戻ってベッドに……。  ――クイックイッ。 「……え?」  服の(すそ)を誰かに引っ張られた感覚。  振り返ってみるとそこには、先ほど埋めたはずのお化け人参が()()()いた。  しっかりと、二本の、足で。 「キャアアアァァアアアッ!?!?!?」  もはや見間違えなんかじゃ誤魔化せない状況に、私の喉からは悲鳴が勝手に上がっていた。 『うるせぇな……お前は生まれたてのマンドラゴラかよ』 「それは貴方でしょおぉおお!?」  無駄に渋い声で私に文句を言う喋る赤色の謎野菜。  野菜なのにしっかりと人間と同じ顔、二つの手と足がある。  ぜったいにマンドラゴラじゃん!  コイツ、やっぱりマンドラゴラだよ!? 『おっ、そうだな!! お前、中々鋭いツッコミをするじゃねぇか。キャロキャロキャロ』  あぁ、なんで私はコイツに褒められているのよ!?  どうしよう、村に居る傭兵さんを呼んで討伐してもらおうかしら。  一刻も早く無かったことにしなきゃ、これ以上は私の理性がヤバい。 『まぁ、落ち着けって』 「落ち着けるわけがないでしょぉおお!?」 『まったく、俺を育てた本人だってのに騒がしい奴だぜ……』 「うぐぅ、やっぱりあの種の所為(せい)なの……」  クロードから貰ったあの種……。  精霊区で採ったとか言っていたけど、とんでもないのが生まれちゃったよ!!  どうするのよ、このお化け人参!! 『おっと、自己紹介が遅れたな。俺はキャロライン。キャロと呼んでくれ。よろしくな、姫様』 「あ、これはご丁寧にどうも。私はジュリアで……って姫様!?」  あぁ、もう。私一人じゃツッコミが追いつかない。  急に人のことを姫呼ばわりし始めるし!!  誰か助けて!! 『あぁ、俺を育てて引っこ抜いただろう。俺っちを引き抜けるのは精霊姫だけっていうのは、魔族の中じゃ常識中の常識じゃねぇか』 「え、ちょっと待って! 精霊……姫?」 『なにを今更なことを言ってんだ。他の仲間たちもあんなに育ってんじゃねぇか……おん? 姫って何だか魔族っぽくねぇ見た目してんな……?』  畑にある残りの九株を差しながら、首(?)を傾げるキャロライン。  つまりあのワサワサ葉を揺らして抜かれるのを待っているのは、全部マンドラゴラ……!?  キャロラインは何か説明をしていたようだったけれど、残念ながらもう聞こえてはいなかった。  私の精神はここで限界を迎え、スゥッと意識が遠のいていった。
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