鮮 緑

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彩花と(かえで)は、ある日突然、偶然の再会をした。 彩花は小さな会社で、今までの人生で一番忙しく働いていた。最初に就職した会社を辞めてからアルバイト生活をしていたが、気付けば30歳も目前になり、ぼんやりと将来に不安を持ち始めていた。そんな頃、働いていた今の会社に声を掛けられ、正社員になって2年ほどが経つ。 雇用形態が違うというだけで仕事内容の幅は広がり、任せてもらえる案件も格段に増えた。彩花は寝る間も惜しんで懸命に仕事をした。真面目に働き過ぎるお陰で、頼まれる細かい仕事も増えていった。けれど、バイト時代にはなかった、『信用されている』感覚が嬉しくて、全てに全力になれた。 いつものように仕事が集中する、ある日の夕方だった。焦った彩花が狭いオフィスの出入り口を確認すると、配達員が集荷を終えて出て行くところだった。 「すいませーん! 集荷まだあります! 待ってえ!」 部屋の奥から大きな声で叫び、大慌てで配達員を呼び止める。その声に振り返ったのは、見慣れている日に焼けたマッチョのお兄さんでも、疲れた顔のおじさんでもなく、初めて見る華奢な女性だった。深く被った帽子とマスクの隙間から彩花を確認し、彼女は静かに立ち止まる。 「あぁ良かった、これ! これもです!」 入り口で捕まえ、手にしていた封筒を、彼女が運んでいた荷物の上に押し付けた。その伝票を目つめたマスクの中から、小さな声が聞こえた。 「…………あやか」 「え?」 突然、名前を呼ばれた。驚いた彩花は腰をかがめ、帽子の下のその顔を覗き込む。彼女が遠慮がちにマスクを顎の下まで下ろすと、そこには見覚えのある顔が戸惑ったように俯いていた。その顔はほとんど化粧をしておらず、彩花が知っていた頃とまるで変わらなかった。 「うそ。え、楓? うそうそ! 楓だっ!」 彩花は落ちそうなほどに目を丸くしながら、両手で口を覆った。 「久しぶり」 楓はぎこちなく笑って、すぐに目を逸らした。そんな彼女を気にする事なく、彩花は「わあ」とか「うそ」とか「やばい」とか言いながら、様々な方向から楓を見る。 楓はその一向に落ち着かない様子を見て、堪えきれずに俯いたまま笑った。 その控えめな、困ったような笑顔は、彩花の気持ちを高校時代へタイムスリップさせた。
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