黒ニ染マレ

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 落葉樹が物悲しい肢体を晒し始めた頃、松原(まつばら)家の玄関で出勤用の革靴を履いていた松原清治(せいじ)は、深いため息をついていた。目線の先には、暫く履かれなくなった息子のシューズがある。  仕上げにつま先で玄関土間をトントンと蹴ると、清治は二階への階段を一瞥した。そこには朝日が入りきらない階段の闇があり、その先には二十八歳になる養子(むすこ)忌一(きいち)の部屋がある。  ここ最近やっと警備のバイトを見つけ、活き活きと働く毎日を送っていたように見えていたが、先日の休日に見知らぬ女性から呼び出され、帰ってきた時にはもう忌一にいつもの元気は無かった。あまりの落胆ぶりに理由を聞けずにいると、次の日から忌一はバイトを休み始め、すっかり以前のような引きこもりがちになっている。 (また牛山さんが、ひょっこり訪ねてくれないだろうか……)  牛山は以前ふらりと訪れた、忌一の同僚と名乗る男だ。見事なガタイをした実直な男で、滞在中は家事を手伝ってくれたり、忌一の仕事ぶりについていろいろと教えてくれた。清治にとっては息子と自分との間を埋める、とてもありがたい人物だった。  忌一と清治には血の繋がりがない。子宝に恵まれなかった妻と熟慮の上、孤児院から引き取ったのが忌一だ。大事な一人息子として愛情を注いだつもりだが、子育てについては大半を妻に任せきりだったので、五年前に突然妻が亡くなると、忌一との間にぎこちない距離感が出来ていた。  その上忌一には不思議な能力があり、今までおかしな出来事に出くわしてきたことも、なかなか距離を縮めらない大きな要因である。 「行ってきます」  おそらく聞こえてはいまいと思いながらも、二階に向けてそう声を掛けると、清治は朝日の差し込む磨りガラスの玄関扉を、ガラガラとスライドさせるのだった。
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