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埃っぽくて暗い階段を登った先にある、二階の一番手前の扉が忌一の部屋だった。閉め切ったカーテンで朝日を遮り、薄暗い室内には開けっ放しのポテチの袋と飲みかけの炭酸飲料のペットボトル、そして先程まで触っていたようなテレビゲームのコントローラーが床に散乱している。
そして万年床の布団の上には、掛け布団を頭からかぶった大きな蓑虫が、一定のリズムで静かに膨らんだりしぼんだりしていた。
明け方近くまでテレビゲームをプレイしていた忌一は、ほんの二三時間前に眠り始めたばかりだ。もともと夜間のバイトで夜型が染み付いていたのもあったが、今はどちらかというと現実逃避でわざとこんな生活リズムにしているところが大きい。
不意にすぐそばの床に転がっていたスマホの液晶画面が光り、滅多に聞くことのない着信メロディが室内に轟いた。布団の中から花咲じじいのような恰好をした小さな老人が這い出すと、スマホまで歩いて行って液晶画面を覗く。すると布団の中から、「じーさん、誰から?」というかすれた声がした。
「珍しい御仁じゃぞ。多聞からじゃ」
すると今度は布団から腕が伸び、スマホを掴んで再び蓑内へと引っ込む。「もしもし?」という声だけが聞こえると、その場に胡坐をかいた老人は、やれやれと両手でお手上げポーズをした。
「おやよう、忌一君。今はバイト終わり?」
「いえ。最近バイト休んでて……」
「え? 何かあったの?」
寝起きで頭が回らないのと、気分的には話したくないのとで言葉に詰まっていると「まぁいいや。今日って時間ある?」と訊かれる。
「何スか?」
「取材で行きたい場所があるんだけど、忌一君がいてくれたら心強いと思ってね」
多聞は人気怪談ライターだ。その取材と言えば嫌な予感しかしないのだが、忌一にとって多聞は今一番気の許せる人間であり、会いたい存在でもあったので、「別にいいですよ、暇だし」と答えるのだった。
* * *
その日の午後、最寄り駅で合流した忌一と多聞は、電車とバスを乗り継いで“取材場所”へと向かっていた。その道すがら、忌一は長年の想い人である従妹の松原茜に、最近「大嫌い」と言われたことを報告する。
「あちゃぁ……それはキツいね。それでバイトまで休んだの?」
「それは……」
もともとバイトを始めた理由も、茜から「職に就いていない男は嫌」と言われたからで、茜に嫌われたことでモチベーションが全く上がらなくなったのも勿論あるが、それよりもそのバイト先で、とんでもない者と出くわしてしまったことの方が理由としては大きい。しかもそいつは、こともあろうか自分の立場を利用し、休日に自宅まで訪ねて来たのだ。
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