黒ニ染マレ

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 受験シーズンでありながら、この三年七組も他のクラス同様、学園祭には参加するようだ。しかし、既に進学先が決まっている生徒たちだけが参加するのか、その参加人数は他のクラスよりも圧倒的に少なく、教室内に居残っている生徒は全部で七人ほどしかいなかった。そのうちの五人は、前方中央の席と黒板を使って話し合っており、あとの二人だけが窓から外を眺めている。 「悪いけど、あたしが協力できるのはここまでだから」  加藤は眼鏡を中指で押し上げながらそう言った。レンズが光を反射していて、奥の瞳はよく見えない。 「あたしは一応、彼女から対価を貰ってるの。お金は返すつもりないから、彼女のやってることに文句を言える立場じゃない」  加藤の家は決して裕福ではなく、この私立校に通っているのも経済的に無理をしてのことだった。親に小遣いをせびれないので、報酬次第で自分のPCスキルを提供しているらしい。そんな事情を知ってか知らずか、パソコン部の部長は加工画像の元画像があるとしたら彼女のファイルだと、真っ先に加藤のファイルを探したようだった。  多聞らの言い分は最もだが、報酬を受け取っている手前、加藤が協力できるのは依頼主が誰かということまでらしい。それでも十分だと多聞が感謝すると、加藤は無言でパソコン教室へと戻って行った。 「このクラスも全員真っ黒だね」  扉窓越しに教室を覗いていた忌一の言葉に凪が頷く。この南館の三階は会長と同学年だからか、どのクラスも必ずと言っていいほど、顔を黒面子に覆われた生徒ばかりだった。  教室から声だけは楽しげに響いているが、その誰もがあの生徒会長のフェイクニュースを、悪意を持って拡散させている。黒面子が憑いていなければ、そこにはごく普通の女子高生らしい顔が(のぞ)くのだろうが、彼女らの悪意は今、忌一と凪の前でのみ可視化されていた。そんな彼女らの素顔は、黒面子が消滅しても美しいと言えるのだろうか。  やったことはただ「いいね」や「RT」のボタンを押しただけだが、ツイートの内容が真実かどうかも確かめず、噂をほのめかされた者がそれによってどう傷つくのかも想像せずに記事を拡散するのは、とても恐ろしい行為と言える。昔はそれを口伝えで拡散するしか無かったが、現代ではボタン一つで手軽にどこまでも拡散出来てしまうのだ。  その恐ろしさに気づかずに、手軽に相手を傷つけて平気で生活している彼女たちは、黒面子が取れたとしても異様な存在ではないだろうかと忌一には思えた。  凪は意を決して三年七組の扉を開け、「今泉さんを呼んで貰えますか?」と声をかけた。すると窓際にいた生徒がこちらに気づき、ゆっくりと廊下へ姿を現す。
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