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(龍蜷には人間の霊を喰べさせたくないから、幽霊はちょっと怖いんだよなぁ……)
異形は遠慮なく龍蜷に喰べさせても良いのだが、対幽霊となると桜爺か自分自身で説得するしかない。最悪桜爺が結界術で何とかしてくれるだろうとは思っているが、それも一時しのぎなので根本の解決にはならないのだ。
そんな忌一の不安など知る由もなく、多聞は早速お経のようなものを唱え始めた。それは教えてくれた僧侶が実際に毎日唱えていたお経なのだが、ある時から一部を間違えて唱えてしまい、そのせいで霊を呼び寄せてしまっていたのだという。そのお経は間違えて唱えると、霊を呼び寄せる効果があるらしい。
ほんの一行だけを読んだという印象でお経を唱え終えると、辺りは静寂に包まれた。清水には彼らが何をしようとしているのかもわからなかったが、きっと多聞の次回作に活かされるのだろうと、邪魔しないよう静かに見守っていた。
そのまま五分ほどが経った頃、先ほど黒面子が現れた石碑の後ろに、いつの間にか女子生徒が一人、俯いた状態で佇んでいた。忌一と凪の二人は急に緊張し、忌一が小声で「来た」と合図する。
先ほどは霊の顔にも黒面子が憑いていて、逃げた後ろ姿の印象しかなかったが、髪は肩よりも少し長めのストレートで、俯いてはいるもののその素顔は綺麗に整っていた。ただ、その額にはいく筋もの血が流れている。
忌一はもう一度ごくりと生唾を飲み込むと、「今泉さんに憑りついていたのは君?」と訊ねた。すると彼女は俯いたまま、クックックックッ……と笑い出す。
「そうだよ」
「彼女にあのツイートをさせたのも?」
「そう」
「何でそんなことを?」
「私もされたから」
彼女は生前、売春をしているという根も葉もない噂を流され、クラスメイトに白い目で見られるようになったと言う。当時想いを寄せていた先生が、いずれその噂を聞いてしまうのではないかと思うと気が気でなくなり、この北館の非常階段から身を投げたのだと語った。
「陰でクラスメイトに『ブス』や『アバズレ』と呼ばれて、辛かった。味方は誰もいないし、何よりも先生にそれが知られたらと思うと、とても生きていけなかった」
「だからって、同じようなことを君が他人にしたら駄目だろう?」
「だって……知らなかったんだもの。自分で撒いた噂が広がるのが、こんなに愉快だなんて!!」
そう言うと、彼女は顔を上げて忌一の顔を見た。その目は三日月のように湾曲しており、「あっはっはっは!!」と心から可笑しそうに笑う。その口角はこれでもかというほどせり上がり、口裂け女が存在するならこういう顔なのではないかと思わせた。
(この娘が黒面子を呼んだんだな……)
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