黒ニ染マレ

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 顔に黒面子の一部が憑いていなくても、しっかりとした悪意を感じる。もはや彼女は、悲しみよりも憎しみの方が勝ってしまった“悪霊”に違いなかった。瞳孔の開いた眼で他人を嘲笑う彼女の顔は、整っていても決して美しいとは思えない。 「残念だね」 「何がよ」 「君は決してブスなんかじゃなかったのに」  すると彼女は先ほどまでの嘲笑を止め、急に押し黙る。そして、「嘘つき!! 皆私のこと『ブサイクなのに身の程知らず』って言ってたもの!」と噛みつく。 「それって女性特有の嫉妬じゃない? ねぇ、凪ちゃん。彼女別にブスじゃないよね?」 「はい。どちらかと言えば美人の部類かなと」 「この学校に男子がいたら、そんなことないってすぐにわかったのかもしれないね……」  本当に残念だという顔で忌一は言う。しかし心の底では「やったことは性格ブスだけどな」とこっそり付け加えていた。  しかし、そんなこととはつゆほども知らない彼女は、両頬へ手を添えると「え……私ってブスじゃないの?」と、まんざらでも無さそうな態度を見せる。 「告白してたら案外、意中の先生と両想いになれたかもしれないよ?」 「そ、そうかな……? いや、無理だよー! 皆好きだったもん、清水先生!」  彼女は両手で顔を覆い、いやんいやんとばかりに体を左右へ振った。もし今でも生きていたら、彼女の顔は恥ずかしさで真っ赤に染まっているかもしれない。 「待って。今『清水先生』って言った?」 「多聞さんもそう聞こえました?」 「清水先生って……」  凪がそう呟くと、三人はその場でただ見守っていた清水の方を振り返る。急に三人の視線が集中し、「何? どうしたの? 私何かしました?」と言わんばかりに、清水の挙動が不審になる。  三人が無言で見つめる相手を見て、霊は「嘘でしょ……」と呟いた。多聞は「清水先生、ちなみにその自殺した生徒さん、名前は何と言いますか?」と訊くと、 「八代 (やしろ)詩帆 (しほ)という生徒です」 と答えた。その瞬間、霊は「嘘でしょーーーー!?!?!?!?」と絶叫し、そのままフェードアウトするように霧散する。 「もしかして今、彼女成仏した?」 「成仏っていうより、二度目のショック死って感じだったけど。とにかくこの場からは消えました」  あまりにも呆気ない幕切れで、四人は暫くその場から動けなかった。  その後職員室へと戻り、忌一らは清水から当時の八代詩帆の写真を見せて貰った。修学旅行先での清水とツーショットの写真だが、現在と違って清水の髪はフサフサしており、先ほど八代が「皆好きだったもん」と言っていた理由が納得出来た。  髪がそのままだったなら、今でも清水はなかなかのハンサムだったろう。この九年で何があったのか、その姿は変わり果て過ぎてしまっていた。もしかしたら、自分の受け持ったクラスに自殺者が出てしまったことの、自責の念からの変貌なのかもしれない。 「時の流れとは無情じゃな……」  忌一の内ポケットから聞こえるしわがれた声が、三人の耳にだけ切なく響くのだった。
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