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「今日は本当にありがとうございました」
既に夕日は沈みかけ、オレンジ色と紺色のグラデーションの空の下、校門まで見送りに来てくれた凪はペコリと頭を下げてそう言った。
「良かったね、忌一君がいる間になんとか解決して」
「はい! 助かりました」
「そう言えば君、忌一君のことはもう平気なの?」
多聞の問いに凪は暫くキョトンとしていたが、すぐに何のことか思い出したようで、
「最初は確かに怖かったけど、忌一さんがいい人なのはわかったし、おじーちゃんと龍蜷ちゃんも凄く可愛かったので……」
と笑顔で言う。そして忌一の袖から顔を覗かせていた龍蜷を、別れを惜しむように撫で回した。
「また何か困ったことがあれば力になるよ。いつでも連絡して」
そう言うと忌一は凪に手を振る。多聞も釣られて手を振り、「ありがとう! またね」と言って、二人はバス停へと歩き出した。
時刻的にはそろそろ居残り組も帰宅する頃合いだが、凪たちのクラスはまだあと一時間ほど学園祭の準備をしていくらしい。凪は再びクラスへと戻り、作業を手伝うのだろう。今度は素顔のクラスメイトたちと一緒に。
「僕の知らないうちに、連絡先を交換しちゃってまぁ」
「それは……さっき凪ちゃんに訊かれたから」
多聞はニヤニヤしながら、「たまにはJKもいいもんでしょ?」と訊ねる。
「今の発言、オッサン臭いなぁ」
「実際三十路だからね。あれ? 忌一君はJK守備範囲外なの?」
「流石にヤバいでしょ、未成年は。しかも十以上も歳離れてるし……」
「その割には結構仲良さそうに見えたけどね」
(確かに凪ちゃんは、他の女性とは違うけど……)
あれほど霊感の強い女性には、なかなか出会えないだろうと忌一も思う。異形まで見える彼女のような人間は、実際に居るとしたらもう拝み屋をやっている可能性の方が高い。普通の人生を送り辛いことは、忌一が一番よく知っているのだ。
そんな未来がわかっているからこそ、何か力になれないかと思い連絡先を交換したところが大きかった。決して下心などではなく、どちらかと言えば親心だ。
下校する清正女子の生徒たちの顔にはもう、黒面子の一部は憑いていない。多聞が言うところの『発育のいい子』とやらもちらほら見かけるが、一度黒面子に覆われた顔を見ている忌一としては、やはり彼女らを恋愛対象として見るのは難しかった。
(やっぱり俺は……)
そういう存在として思い浮かべるのは、やはり一人だけだ。この感情がもし自分の中に封印する異形のせいだとしても、もう抗う術は無いのかもしれない。
「俺のことより、多聞さんはいいんスか? こんな息抜きしてたこと、お隣さん知ってんの?」
「息抜きじゃないですぅ、取材ですぅ! 忌一君たら変なこと言わないでちょうだい」
「でもこれ作品にしたら、どうせバレると思うけど」
「設定は共学にしよっと」
忌一は「汚ったね!」と言って背後から多聞の両肩を掴んだ。バランスを崩された多聞は、「ちょっとコラ! 忌一君!!」と言ってその手を掴む。
既に日没の闇に染まりかけたバス停までの道のりを、二人は笑いながら歩いた。その先には、普通の幸せな日常など待っていないのだとしても……。
<完>
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