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「多聞先生の本読んでます!」や「映画めっちゃ怖くて面白かった!」など、次々に多聞の作品への感想が教室中を飛び交う。そしていつの間にか多聞の周りを、女子生徒たちが取り囲んでいた。
「多聞さんの小説って、高校生にも人気なんだな」
「映画化されましたからね。忌一さんは先生の本読まないんですか?」
「俺は……怖いの日常茶飯事だから」
「それ、ちょっとわかります」
ギョッとして忌一が振り返ると、凪はウフフと笑っていた。やはり凪にとっても、多聞の小説に書かれるような内容は日常茶飯事なのだ。能力による生き辛さを共感されたことと、初めて見せた彼女の微笑みに、忌一の胸は少しだけドキリと跳ねた。
数人の生徒から握手やサインを求められる多聞を遠目に、忌一と凪は邪魔にならないよう教室の隅へと移動していた。すると二人組のクラスメイトが近寄って来て、凪に「何で多聞先生はこの学校へ取材に来たの?」と声をかける。
「それは……」
「もしかして凪が先生を呼んだの? この人は誰? 先生のマネージャー?」
何の躊躇もなく二人は質問をぶつけてくる。この二人も例に漏れなく、顔が真っ黒だ。
「俺は多聞さんの友人の松原です、よろしく。君の名前は?」
そう言って片手を差し出すと、二人の女子生徒は若干警戒しながら、「佐藤です」「鈴木です」と名乗ってその手を恐る恐る握った。忌一がただの一般人だったことで何かの当てが外れたのか、彼女らは先程の質問の答えを聞かずに、再び学園祭の準備作業へと戻って行く。
周囲の生徒に聞かれないよう細心の注意を払って忌一は、
「もしかして凪ちゃんが多聞先生に連絡したのって、クラスメイトが誰が誰だか判別できなくなったから?」
と訊ねた。凪はコクリと小さく頷く。おそらく先ほどの二人についても、凪にとっては誰なのかわからず、迂闊に返答出来なかったのだ。それを何となく察した忌一は、わざと彼女らの名前を訊ねるために自己紹介をした。
(確かにこのままじゃ、生活し辛いだろうなぁ……)
誰が誰なのかわからないのも困るが、顔の表情や口パクだけでコミュニケーションを取られた場合、かなり困るだろう。凪にだけは全く表情が見えないのだから。
忌一が学生の頃は、小学生時の忌まわしい噂が広まっていたせいで、わざわざ近寄ってくる生徒など殆どおらず、友達と呼べる人間もいなかったのでその点は非常に楽だったが、それはとても孤独でもある。凪は上手に能力を隠し、孤独にならないようそれなりにクラスメイトとは上手くやっているようだ。
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