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一体どうしたものかと教室内の黒い顔たちを眺めていると、ジャケットの内ポケットから「あれは黒面子の仕業じゃな」というしわがれた声がした。
「今の声は?」
「さっき言ってた俺のもう一体の式神、『桜爺』だ」
忌一が内ポケットに手を入れると、その手に乗って花咲じじいの恰好をした小さな老人が現れる。桜爺は「よう」とばかりに片手を上げ、忌一の肩口にどっこいしょと腰かけた。
「小さなおじいちゃん!? か……可愛い!!」
凪は口元を手で覆い、キラキラと目を輝かせて桜爺を見つめる。今まで陰陽師や式神以外に桜爺の姿を視認出来る者がいなかったので、その反応は実に新鮮だった。そう思ったのは忌一だけではなく……
「か、可愛いじゃと!? わし、可愛いかのう?」
と、桜爺本人もまんざらでは無さそうだ。
「じーさん、照れてる場合じゃなくて。その『黒面子』ってのはやっぱり異形なのか?」
「そうじゃ」
異形とは、妖怪や妖魔、妖精と呼ばれる類のものを指し、何を隠そうこの桜爺も式神になる前は異形だった。しかも桜爺はかなり昔から異形として存在しており、その長い経験から、異形たちの知識を豊富に持っている。
「生徒の顔を覆っているあの黒い部分は、黒面子の一部じゃな」
黒面子とは、人間の悪意を好む異形だと桜爺は説明した。人間の悪意を感知すると、その人間に憑りついて悪意をエネルギーとして吸収するのだと。
「初めは悪意に呼ばれて一人の人間に憑りつくが、やがてより多くの悪意を吸収するために、その悪意を別の人間へ伝染させるんじゃ」
「伝染……」
何か思い当たる節でもあるのか、凪は『伝染』という言葉を無意識に口走る。
「じゃあ、この黒い顔は徐々に広まったってこと?」
「黒面子がここまで広がるには、相当な時間がかかるじゃろうて……」
すると凪は急に青ざめて、
「あの……実はクラスの皆の顔が黒くなったのは、今から三日前なんです。しかも朝登校したら皆この状態になってて……」
と、言った。
「皆一斉に!?」
「なんじゃと!?」
忌一と桜爺は顔を見合わせる。しかしその直後、桜爺だけがが「ふうむ……」と漏らし、白い口髭を引っ張るように撫で始めた。これは、桜爺が熟考する時の癖だ。
「もしかしたら、黒面子に手を貸す存在がいるのかもしれんのう……」
「手を貸す存在?」
「そうじゃ。昔、明水の仕事でとある山村に出向いたことがあっての……」
忌一の式神となる以前の桜爺は、幸徳明水という凄腕陰陽師の式神だった。彼の依頼で出向いた山村で、この黒面子と出くわしたという。
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