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それは、総人口が六十名ほどの山奥の小さな村だったが、ある日突然、全国区で報道されるような連続殺人事件が起こった。犯人は父親と二人きりで住んでいた無職の男で、父親を含む近所の人間合計七名を、自宅から持ち出した鉈で次々と殺したのだ。
警察で語られた犯人の動機は、「俺の悪口を言われたような気がしたから」というものだった。男は逮捕され、事件としてはすぐに解決したかに見えたが、逮捕から一週間も経たないうちにその村の神主から明水に連絡があった。
「神主以外の全ての村人の顔に、黒面子の一部が憑いておった。神主にはおぬしら同様、黒い顔が視えていたので明水を呼んだというわけじゃ」
悪口を言われただけで殺人を犯すなどたまったものではないが、実際犯人の周囲にいた者たち、つまり殺された者たちは、犯人に対しての悪口を言っていた可能性が高い。何故なら黒面子に憑りつかれると、別の人間に悪意を伝染させようとするからだ。
神主の話では事件当初、犯人の周り近所の村人数人にしか黒面子は憑いていなかったという。神主が最初に黒い顔を確認したのも、事件の報道をTV画面を通して見た時だった。しかし、警察が村中に聞き込みを開始すると、村人たちが次々と神社へ押しかけるようになり、事件当初より黒面子に憑りつかれた人間が増えていることに気づいたのだ。
「じゃが、一週間で六十人ほどの村人全てに黒面子が憑りつくなぞ、驚くべき速さじゃ。わしら式神は、明水の命令でしらみつぶしに村人たちを調べたんじゃが……」
一人の村人に、別の異形も憑りついていたのがわかった。それは『聞き耳』という異形だ。
聞き耳は、噂話が好きな人間に寄生する異形で、聞き耳に憑りつかれた人間は、あることないこと尾ひれをつけて吹聴するようになる。そして吹聴すればするほど、聞き耳の身体は大きく成長する。聞き耳のスタンダードな大きさは全長二センチほどだが、その村人に寄生していた聞き耳はソフトボール大にまで成長していたという。
つまり、悪意を伝染させたいと思っている黒面子と、噂を拡散するのが目的のような聞き耳がタッグを組み、劇的な速さで村内に悪口が広まったことで、黒面子は迅速に村人たちの顔を真っ黒に染め上げたということだった。
「混ぜるな危険タイプの異形ってことか……」
「聞き耳はごくありふれた異形じゃが、黒面子は滅多に姿を拝めぬ珍しい異形じゃ。こんなことが起こるのは奇跡に近いのだがのう……」
「それで明水先生はその時どうしたの?」
「祓うのは一瞬じゃ。どちらも小者異形じゃからの」
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