第1話 カラス天狗の半妖の流樹、かくりよで出会う

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第1話 カラス天狗の半妖の流樹、かくりよで出会う

 俺は生まれつき元々妖力が弱く、半端な存在だ。  だから俺が人間として暮らすのが良いか、妖怪カラス天狗として暮らすのが良いか、父ちゃんと母ちゃんはだいぶ迷ったらしい。  うちの父ちゃんはごくごく普通の人間でサラリーマンで、母ちゃんはカラス天狗で妖怪だ。  母ちゃんは空を飛べるし、暴風につむじ風に竜巻きを起こすことが大の得意なんだぜ。  そんな母ちゃん、……明るくてだいぶミーハーな性格なんだけども。  母ちゃんは妖怪世界にはない人間社会の作り出した娯楽文化を、特にアイドルや漫画やアニメを愛している。  母ちゃんは天狗妖怪のくせに自分の世界から飛び出してきた。  たびたびが、やがてしょっちゅうになり……、それから人間世界に定住するようになったんだって。 「これ、人間世界で遊ぶのはほどほどにせい!」とのじいちゃんばあちゃんの言いつけを守らずに、初めは人間世界のアイドルの追っかけをやるためだけに人間社会に溶け込んだらしい。  そこで出会ったのが父ちゃんで、二人の話によれば大恋愛だったんだってさ。  お、俺はあんまし、親の恋愛の話は興味がない。は、恥ずかし〜い。  周囲の反対を押し切って種族の垣根をバーンっと越えちゃって結婚して俺が生まれたってわけ。  そんな母ちゃんと父ちゃんは今でも人目をはばからずにラブラブイチャイチャしてて、中学生男子としては目のやり場に困るんだよな。  こっちのことなんかお構いなしに抱きしめ合ったり、御飯の時なんかはさ「あーん」とか言って食べさせ合って盛り上がってキスしたりしちゃってさ。  あ〜、まじ恥ずかしいからやめろってえの。  他でやってくれって感じだぜ。  まっ、両親が仲が良いのは良いことなんだろうけどさ。  俺のほうが顔面真っ赤になっちまうっての。  俺の天狗としての証は、背中の羽根と時々出せる風を……微風だけど起こしたりする力。  母ちゃんよりだいぶ遅いスピードだが空を飛ぶことは出来る。けど、人間世界では発揮してはいけないので、真剣にあんまり特訓もしていないから上達はしてない。  ちなみに背中の黒い羽根は普通の人間には見えないし、俺の羽根は生粋の天狗よりはかなり小さいサイズだ。  母ちゃんはアイドルの推し活グッズや小物が売ってるお店で働いている。いずれは父ちゃんとそういうお店を開きたいみたい。  サラリーマンで事務員の父ちゃんは野望はなさそうだ。  俺は暇さえあれば『かくりよ』に出向いた。  母ちゃんの仕込んだ天狗一族の妖力で家の(ふすま)から簡単に『かくりよ』へ行ける。  妖気漂う不思議な空間の『かくりよ』は人間世界とあやかし世界の狭間にあって橋のような世界だ。俺みたいな半妖や、人間らしくない人間や化け物になりきらない半端モンがうじゃうじゃいる。  ここには俺の半妖友達が何人かいて、また天狗の里に遊びに行く際の出入り口がある。  このかくりよ世界ってトコは人間の世界にちょっとおかしな要素を詰め込んだ感じ。  かくりよって便利な世界だ。  現在のかくりよは令和の人間世界とリンクしている。  建物は俺の住んでいる町と似ている。  それはかくりよを治めている妖怪王の妖狐九尾一族がそう決めているからだって。  人間世界に行った時に妖怪や半妖が違和感なく暮らしたり遊んだりと、人間として化けて過ごせるようにとの計らいらしい。  ただし、気をつけなきゃらないのはかくりよには迷い込んだ人間や半妖に酷いことをして楽しもうとしているずる賢く悪い妖怪が紛れ込んでいること。  妖力を食らったり騙したりして、悦楽を得る妖怪がいる。  妖怪って往々にして殆どが好奇心旺盛なのだ。  うちの母ちゃんみたいに。  幕末のかくりよは鬼の動乱期で、ずいぶん妖狐や天狗ともやりあったらしい。  カラス天狗一族は妖狐の味方だ。  天狗といっても流派があって外見も気性も違うので、特に半妖天狗の俺は警戒が必要だ。  赤い顔に鼻が高めのエリート天狗は妖力の無い人間を小馬鹿にしていて、必然的に半妖も好いてはいない。  カラス天狗一族は気性は穏やかでのんびりしている。人間を好いており、人間の世界を面白がっている。  カラス天狗の長老は現在、俺のじいちゃん。  妖力は最高クラスの大妖怪だけど、普段のじいちゃんはおちゃめなただのじいちゃんにしか見えない。お菓子が大好きなので食べすぎては、ばあちゃんに怒られている。  ばあちゃんは俺をかなり溺愛しており甘々で、年頃の俺は若干恥ずかしい。  俺には天狗の里で暮らしてほしいっていうが、カラス天狗として大した能力もない俺は住むには居心地が悪いと思う。  遊びに行くには楽しい。  好きな時に来て、他の子供天狗と遊んで帰る。  不思議なのは天狗の里に行くと、わずかに妖力が増すことだった。     ◇◆◇  俺はいつものように自分の家の(ふすま)を開け、難なくかくりよに遊びに来たんだけど。  すこしかくりよが騒がしかった。 「トキが不安定らしいよ」 「トキ?」  雪女の氷駄菓子屋を覗いていた俺。  背後から声を掛けられ振り返る。  するとそこには同い年で半妖の友達、からかっさオバケの女の子の雨季(うき)がいた。  雨は降っていないが、可愛い傘をさしている。  雨季は父ちゃんがからかっさオバケで母ちゃんが人間だ。  普段は人間寄りの姿をしている。  いつでもトレードマークのお洒落な傘をさすか、傘をヘアアクセサリーに妖力で変えて身につけている。  それはからかっさオバケの妖力の源だ。  一度は人間の世界で暮らしていたが今はかくりよに住んで、家族で傘屋を開いている。 「流樹(りゅうぎ)ちゃんもあたしも半妖だから、ママが遊ぶ時にはトキの渦に気をつけなさいって言ってた」 「どうゆうこと? トキの渦ってなんだ?」 「次元が不安定なのよ。ここは人間と妖怪の世界を分けた時の橋だから、存在が不安定になる日があるんだってパパが言ってたから」 「ちょっと面白そうじゃん! 一緒にトキの渦を見に行こうぜ」 「だめだよ。半妖は二つの世界の結晶だからか、次元の集合体のトキの渦に馴染みやすくて巻き込まれやすいって。トキの渦に巻き上げ吸い込まれたらこの時代には帰って来れなくなる。それにどこに出現するかは誰にも分かんないんだって。――あたし、パパとママに今日は外に出ないように言われてるの。だから家にいなくちゃ」 「雨季はでも、どうして出歩いたんだ?」 「あたしはっ! 大切な友達の流樹ちゃんにこのことを伝えるために家を出てきたんだから。流樹ちゃんは無茶するでしょう? ああ、家を勝手に抜け出したのがバレたら怒られちゃう」  雨季は走って帰って行った。  ちょっと寂しいのはなんでだ。  俺は心んなかがささくれだって、ざわついた。雨季の他にも半妖の友達はいるから、何人かの家に遊びに行ったが、どいつもこいつも臆病風に吹かれて今日は遊べないと断ってきた。  面白くないから、俺は妖狐城のお濠公園にやって来た。ここだけは人間の世界に模していない。  妖狐城はずっと長い時の流れでも変わらない姿なんだって。  天狗の里に行っても良かったんだ。  ただ、一度妖狐のトップオブトップを「妖怪王」を見てみたかった。  そうそう許可なしに簡単には妖狐の城には潜り込めない。強力な結界が張ってあるから。  お濠の公園のベンチから妖狐城を眺めていると聞き慣れない声に、名前を呼ばれた。 「君は流樹。カラス天狗と人間の半妖だね」 「あんた、誰?」  まったくと言っていいほど、その存在は気配がしなかった。  一見人間の青年みたいだ。  凛々しい顔立ち、俺より遥かに高い長身のスーツ姿。 「ふふふっ。カラス天狗は好きだよ。一族は常にわたしに忠実だからね」  強い妖力を感じる。  こいつはヤバい!  妖気をほとんど持たない半妖の俺はすぐにやられる。下手したら殺される! 「殺しはしないよ」 「あんたっ! 俺の心を読んだのかっ」 「若者は血気盛んで好ましいね。まあ、わたしの話を聞きなさい」  俺には目の前の男は十二分に若者に見えた。が、そうではない? 「わたしがお前を殺すわけが無いではないか。トキの渦を安定させるために力を貸して欲しい」 「お、俺が? なんかの間違いじゃねえの。俺にはそんなだいそれた妖力は無いぞ。経験もてんで無いんだ。ただの半妖だかんな」 「くすくす……。それ、ホントに言ってるの?」  こいつなんなの?  俺、初対面だよね? 「お前の思う『こいつ』ってわたしの事ですよね? 初対面かどうかは教えません。解釈の問題ですから。質問二つのうち、わたしの正体だけ答えましょう」  ごくりと俺は生唾を飲んだ。  ゆっくりとスーツの男は変化(へんげ)していく。  男の足元から銀色の煙が吹き出してきたかと思ったら、見る見る間に煙に男が包まれていった。 「ああっ! うああっ!」  俺は今まで感じたこともないぐらいの強力な妖気にあてられて、卒倒しそうになった。  眩しさに目がくらむ。  なんとかこらえると、今度は背中がムズムズしてくる。  俺のなかの少ない妖力が昂ぶる。 「目を開けるんだ、流樹」 「あんたは一体――!」  俺のくらんだ視界が戻る。  眼前には、輝く光を放ち九尾が雄々しい姿で立っている。荘厳な銀色の毛はすごく美しかった。  銀狐の体からは九本の尾が立派に生えて……存在感がすげえ。  さっきまで妖力はまるまる隠していたんだな。  そんな芸当、鍛錬とかしたら俺も出来るようになるんか。  俺に接触している妖怪九尾の妖気は凄まじく、その気だけで射ぬかれ殺されてしまいそうだ。 「気づいておるだろ? お前はわたしに会いたいと願ったではないか」 「妖狐九尾白銀(ハクギン)。あんたが妖怪王……」 「わたしの名に『様』をつけない辺りが畏れを知らない若者らしくて実にいいねえ。妖力を封印して閉じていたのは、他でもないお前自身だよ。開放できるようにわたしの念をコレに込めておいたからね」 「俺は畏れてる。妖怪王のあんたに畏れを感じていないわけがない」  妖怪王の九尾白銀(ハクギン)は俺にピストルの形のアクセサリーを握らせた。 「正直だね。とても真っ直ぐだ。だからカラス天狗は大好きだよ」 「大好き……?」 「妖狐とカラス天狗は遙か昔からの主従関係だ。わたしはカラス天狗一族の潔癖さを、時代がどんなに流れても変わらない正義感に溢れた裏表の無い性格が大好きだと言っているんだ」  気づけば俺は妖怪王の白銀のゆらめく炎の妖気に見惚れてた。妖狐一族は気高く近寄りがたい存在。  知らず知らずのうちに虜になってしまうのだと、誰からか話を聞いたことがある。  魅惑と強く高い妖力に、美しい姿。  痺れたように俺の体は動かずに、気持ちが焦がされていくようだ。  どうしようもなく惹かれていく。 「あんた、これ、変だ。心がおかしい、自分の物じゃないみたいに切なく甘く苦しい。俺に変な妖術をかけたのか?」 「違うよ。わたしの妖術ではないんだ。君の中のカラス天狗の血が妖狐の血に反応している」  俺は熱くたぎって体の内側を駆け巡る血流をどうしたって抑えることが出来ない。 「く、苦しい! 熱いっ! なんとかしてくれ頼む」  妖怪王白銀に縋りつきたい衝動にかられる。  すると、白銀は俺の体を抱きしめた。  息があんなに苦しかったのに白銀に抱きしめられただけで、……落ち着いた。  ふわふわだな〜、白銀の毛って。  どこか気持ちはざわざわとさざめいてた。  やっと呼吸が普通にできてきてる。  なんだったんだ、一体全体。   「帰ったらいつでもわたしに会いにおいで。流樹……。お前だけなら城に入ってわたしと会えるよう許可を出しておこう」  白銀の言う「帰ったら」ってなんだ?  俺はどこかに行くのか? 「わたしは半妖だろうがお前を拒まない。お前はわたしの特別だから」 「特別なのか……」  俺は白銀に抱きしめられたまま、この妖怪王の身勝手に進む交渉に抗えない。  優しく語ってはいるが――。  これは命令だ。  完全に。  妖怪世界に君臨する王の絶対的で強烈な指示が俺にくだっている。  俺の答えに否は許されない。  ひでえな、優しい口調がかえって恐ろしい。 「お前の家族にはわたしの腹心の部下から、ことの次第を話しておく。……頼もしい道案内をつけるから。流樹、お前は間違いなく誰も持っていない力があるんだよ。自信を持ちなさい」 「あんた、俺と初対面だろ。知った風な口を利くなよ」  フフッと俺の耳元で妖狐は笑う。  艶めかしくも涼しい妖気があたってゾクリと背筋が凍った。 「行くんだ。トキの渦海に飛び込み時代の波の流れに行って、家宝の『カラス天狗の大団扇(おおうちわ)』を取り戻しておいで。――ああ、それからお前の大事な雨季は預かったから。死ぬ気で頑張るんだ」  すっかり腑抜け同然だった意識は、白銀のひと言でハッと覚める。 「雨季を預かった――って!! どうゆうことだテメエっ」 「お前が生きていれば雨季を悪いようにはしない。……知っているか? 人間世界には保険というものがあるだろう? それだよ、それ。流樹を信用していないのではなく、お前が途中で無茶をして死んでは困るからだよ。お前が戻らなければ雨季は死ぬし、お前の一族も皆殺しだ」 「意味が分かんねえ」  妖狐白銀は俺の頬を両手で挟むように包みこみ、じっと見つめた。  ううっ……、胸が苦しい。  喉を掻きむしりたくなる。  まただ、俺の血が熱くなりドクンッと脈打つ。  ――だから何があっても死ぬんじゃない、流樹――  そう、妖艶な九尾白銀……妖怪王は俺に潤んだ瞳で告げた。
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