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第2話 きっかけは家宝の大団扇!
俺は「道案内」役のダイダラボッチのあとについて歩いていく。
あの後、妖怪王白銀が呼んだ案内役が超有名妖怪ダイダラボッチだったのでびびった。名前は俺でも知ってる。
確かに頼りになりそうだぜ。
速足勇み足で歩く俺の目に映る令和かくりよの景色の家並み、町並みがどんどん移ろい変わる。
かくりよ世界に建つのは人間世界の俺の家みたいな近代木造住宅やビルの集まりは減り、並ぶは風情ある京都の観光地花街の建物の置屋の様な造り。
それから神社仏閣が見えてくる。
この辺のかくりよは町全体を覆う不気味かつ不思議な妖気が殊更に濃くなり、おどろおどろしさと妖しさと趣や風情を漂わせてる。
魑魅魍魎、妖怪跋扈……、妖怪王が抑えていたって勝手な振る舞いをしたがる妖怪がいる。
俺は異常な妖気の昂ぶった集まりを視界の隅に見た気がした。
京都風のかくりよの町に巧妙に隠された入り組んだ暗く細い裏道を、躊躇なく大股で歩くダイダラボッチに続いてずんずん進んで一時間ほどは行った。
景色は急に目の前に開けた――!
河童の泳ぐ姿が遠目に映る清流の大河の横に、大きくて深そうな洞穴の入り口に出た。
ダイダラボッチってもっと大男かと思った。噂では富士山よりでかいって聞いていたから。
陽に焼けた健やかな浅黒い肌、快い笑顔は屈託ない。
ダイダラボッチの服はアイドルが学園ドラマで着てそうな洒落た学生服を着こなしている。
聞けば、かくりよの高級洋服店の一点物らしい。
「お恥ずかしいんですが……。憧れていました、人間世界の学生服ってものに。給料をコツコツ貯めて買ったんですよ。変じゃありませんか?」
「よく似合ってるよ。とっても」
……九尾の配下って給料制なんだ。
「そうですかっ! 良かった〜」
ダイダラボッチは嬉しそうに笑った。
俺なんかただのスポーツメーカーのワンポイントが入ったほぼ無地のパーカーにGパンなのに、この差はなんだ。ダイダラボッチってセンス良いな。ちょっと嫉妬〜。
俺の昔からしていた想像とは違い、ダイダラボッチは威厳よりも懐っこい雰囲気を醸し出した妖怪だった。
「我々ダイダラボッチも妖怪も、体のサイズは重要ではありません」
「あ、あんたも人の考えてることが読めるのかっ。やめてほしいよな、まったく。プライバシーの侵害だよ」
「流樹殿。ワタクシには白銀さまほどの読み取り術は出来ませんよ。単純な思考の人間や妖怪にのみ」
やっぱアレ、妖術つかってたんだ。
俺、警戒されてた?
なんか傷つくな。
……ってか単純な思考な奴って俺のこと!?
「妖怪王はあなたやカラス天狗一族を信頼されてますよ。ただ流樹殿をからかいたかったのでは?」
「からかうって」
からかっただけだってか? だいぶ辛辣だったけどよぉ。
あれってほぼ、脅しじゃねえか。
「妖怪王っておんな?」
「白銀様ですか? さてはてどちらでしょう? そんな小さき違い……主の男女の区別を臣下のワタクシは気にしたことはありません」
まあ、……良いんだけどね。
抱きしめられた時に、母ちゃんや雨季みたいな甘くて花みたいないい匂いがしたもんだからさ。
あの妖怪王、……む、むだに色気むんむんしやがって。
ドキドキと胸の鼓動が止まらん。
さ、囁いてこられた時はドキドキしすぎで死ぬかと思ったぜ。
中学生男子には抱擁は刺激が強いってえの。
「ワタクシは体の大きさを自由に変えられます。カラス天狗一族も大きな鳥に変化したり出来ると伺いましたが」
「あー、俺。俺はさ、出来ないよ。半妖だから」
そこで洞窟の暗がりの迷路を迷うことなく歩いて行く、俺の前をスタスタ歩いていたダイダラボッチは急に止まった。
「半妖半妖と言い訳をしないでいただきたい。ワタクシの父も実は半妖でしたが立派に職務をこなし殉職いたしました。『無理は無理せず、しかしここぞの無理をする時には懸命に全力全開で無理をしろ』と父は申しました。少々分かりづらいですかね」
「うーん。なんとなく分かる。ここ一番では、諦めずにがんばれってこと?」
「そうです。ホッ。伝わりましたか。……普段はね、無理しなくとも良いんです。肩の力を抜いて生きれば良い。ただ、人間だろうが妖怪だろうが半妖だろうがぜったいに諦めてはならない時があるんですよ」
ダイダラボッチの真剣な顔。つぶらな瞳はしっかりと前を見つめていた。
「なんかごめん。俺、卑屈になりがちなんだ。生い立ちのせいにしてた」
こんな面白い世界にはさ、なかなか普通の人間には来れないよな。ワクワクする。
俺は妖怪王白銀の命令でこれから時代を遡るんだってさ。
ここにあるべき天狗の大団扇はどうしてか、幕末かくりよにあるらしい。
俺の心が踊りだす。
ウキウキドキドキしてきた。
冒険は大好きだ。
やった事が無い事をしてみたい!
時空を超える体験はなかなか出来ない。
生まれて初めて半妖で良かった気がする。
洞穴を進むと敷き詰めれた畳に誰かが座って居る。
「現然狸爺様。妖怪王様のご命令で例のカラス天狗の半妖の風花流樹殿を連れて参りました」
「おうっ、来たか。よく参った、ダイダラボッチ、流樹」
「た、たぬき! でっけえ」
まるで人間世界の店先に飾られた狸の置物みたいに立派な腹鼓をした狸の爺様だな。
「フォッフォッ。最近、ますます腹が出てのう。太鼓としては大活躍な腹じゃぞ。儂はトキの渦と繋げた大鏡を守っておる」
洞穴の大狸の背後には大鏡があって鏡面に渦が巻いている。
「ダイダラボッチはここで待つんじゃ。流樹、そこに立て」
「何だ? この鏡は」
「向こうに行ったら坂本龍馬の開いた『探偵事務所サカモト』を訪ねるんじゃぞ」
「向こう? 坂本龍馬あ?」
俺は興味もあったから、大狸の促すままに警戒なしで大鏡を覗き込んでいた。
突然大狸にドンッと背中を押され、俺の体は大鏡の中に吸われる様に入りこんでいってしまう。
「あああ――っ!!」
チッ、大した説明もなしかよ!
深い闇の底へ落ちる感覚。かと思いきや、明るい太陽に照らされた雲に突っ込んでいく時に似た気持ち。
あとはぐるぐると乱気流に攫われ、時化た荒海に飛び込んだ。
苦しさがないので俺はちょっと楽しかった。幻術? いや、過去を遡っているらしい。
横の時流の波に映る人々の姿。
歴史の授業の時間に教科書とかでこんな光景見たな。
令和の日本から平成昭和大正明治〜江戸末期……幕末まで、一気に映画を観ているみたいに映像が流れ場面が移り変わる。
――頭の中で「ここだ」と声が聞こえた。それは妖怪王白銀の声みたいだった。
◇◆◇
「起きて! ねえ、大丈夫?」
俺は気を失っていたらしい。
町を流れる細い川の袂の草原に転がってる。
目を開けると猫耳の女の子がいた。
派手な着物を着て、華やかな簪をさしている。
「ここは江戸時代……!?」
「そう、江戸時代」
「かくりよか?」
「かくりよよ。わたしは猫又の菜々芽だよ。君は?」
「俺はカラス天狗の半妖、風花流樹だ」
広がる景色はまるで時代劇だ。
妖怪だってなんだかちょんまげを結ってるし変な髪型〜、老若男女が着物姿で闊歩してる。
遊園地じゃないよな?
この城下町や妖怪達は本物?
まるで江戸時代を再現した壮大なアトラクションに迷い込んだみたい。
(俺、ほんとに江戸時代末期、幕末のかくりよに来ちまったんだ!)
「幕末って……。君はトキの渦から来たの?」
「ああ」
(幕末ってやばかったかな。人間世界はまだ徳川幕府が治めてんだろうし。……あれ、俺は口に出してたか? この猫又女子、まさか!)
「うんっ、読んだんだよ。ふふっ、君の思考をね。そっかあ、やっぱ滅ぶんだ、江戸幕府は」
「しまった……」
「トキの渦から来たって事はここの時代の妖怪じゃないんだね。もしかして未来人? というか未来半妖かな」
「あんたに隠しても仕方ねえよな。バレてんだし」
「そっ、意味ないね。君みたいな単純そうな子、考えを読むのは簡単だもん。ねえ、いつまでそんな所に座ってるつもり? 馬鹿なのかな〜? この動乱の時期にのんびり呆けていると鬼に襲われて命を落とすわよ」
猫又女子の菜々芽は二本の尻尾をフリフリしながら、まだ座ってる俺の顔を覗き込む。
「ば、馬鹿とはなんだよ! 馬鹿とは。初対面で失礼だし、生意気。ふんっ、お前可愛くねえなあ」
いや、可愛いです。
猫ってだけで。
俺は猫は好きな動物だから……。
あっ、やべえっ、また考えを読まれちまうっ。
コイツはかわいくない、カワイクナイ。
「可愛くないですって? 良いわよ、べっつにぃ。わたし、好きな人だけに可愛いって言われたら満足だもの。それから初対面かどうかは解釈によるわ。かくりよは不思議な妖気で溢れた世界。あたしと君とはどっかで出会っているかもしれないもん」
「そ、そうかもしんねえな」
九尾白銀もそんな事言ってたな。
菜々芽が手を差し伸べてきたので、どうしてか反発出来ずに素直に掴んでしまうとぐいっと引っ張られ立ち上がる。
瞬間菜々芽からいい匂いがしてふわっと鼻腔をくすぐり天狗の血が騒ぐ。
にわかに頭がぽや〜っとしてくる。
香りだ!
分かった。
どうも俺は母ちゃんや雨季みたいな不思議な甘い花の香りをさせる妖怪にべらぼうに弱いらしい。
なんか、ヤダなあ。
女に腰抜け野郎じゃん。
俺は僅かな香りも嗅ぐまいと菜々芽から距離を取る。
「くすくす……。君、可愛い」
「可愛い言うなあ! 俺は男だ」
もうっ、こんな事はしてられない。
それより坂本龍馬を探さねえと。
「なあ、あんた。坂本龍馬って人間を知らねえか? かくりよに神隠しにあってる男で『探偵事務所サカモト』って会社を開いて……」
「ああ、儂のことか? 儂が坂本龍馬じゃき。お前は誰ぞね? こんなトコで菜々芽と何しゆーがか」
そのイケメンボイスに振り向くと歴史の教科書の写真まんまの人間の男「坂本龍馬」がブーツに紋付き羽織り袴姿(ってやつ?)で立っていた!
キリッとした瞳だ。
坂本龍馬はニコッと愛想よく笑ったが目の奥は鋭く光る観察眼で俺を見ている。
さ、さすが幕末志士だ。
震え上がりそうな殺気が一瞬した。
「さ、さ、坂本龍馬〜! やったあ! いた〜っ!」
すぐに探し人の坂本龍馬に出会えたもんだから俺は楽勝で大団扇も探し出せると思って高を括っていた。
だがまあ、……そんなに半妖人生甘くはなかった。
◇◆◇
猫又女子の菜々芽が言った動乱の時期、それを俺は嫌と言うほど思い知ることになる。
どうやら人間の世界の江戸末期同様、幕末かくりよは荒んでいた。
先代妖怪王が病に伏して力が弱まり、鬼の酒呑童子がその座を狙って襲撃をしてきてる。
妖怪九尾一族と仲間妖怪VS鬼一派の図式が出来上がっていた。
そういや正確には俺が坂本龍馬と出会った時点では、彼は探偵事務所を開いてはいなかった。
龍馬さんは何か商売をしようとはしていたので、すかさず「探偵事務所を開いてくれ」とお願いしたら、あっさり俺の頼みを聞いてくれた。
それと、猫又の菜々芽は坂本龍馬とは親しい仲、龍馬がかくりよに迷い込んでからというもの、面倒を見ているようだった。
ちなみに菜々芽の実家は商家で金持ちだった。
菜々芽が住居+「探偵事務所サカモト」創立の資金を出してくれ、俺まで居候させてくれる事になった。
天狗の大団扇の手掛かりが見つからないまま、気づけば俺が幕末かくりよに飛ばされて二ヶ月が経とうとしていた。
すっかり龍馬さんと菜々芽とは打ち解けて、俺は龍馬さんの探偵助手におさまった。
俺が未来から来た事情はだいたい話してあるし、菜々芽には考えを読まれちまうから隠し事は出来ない。
「雨季って子のために頑張るんだ? 流樹は。そんなに可愛いの? 好きなの?」
「……好きは好きだな。心を許せる友達は大事だ」
「ふーん。流樹ってまだ恋した事ないんだね」
俺は龍馬さんに剣術とピストルの撃ち方を習うようになった。
ピストルは妖怪王白銀が持たせてくれたアクセサリーが俺の手に握れるぐらいに変化して、妖気を弾にし武器として使える。
剣は龍馬さんの愛刀を一本譲り受けた。
ああ、こんな事になるなら歴史の勉強をちゃんとしっかりしとくんだった〜。
俺は龍馬さんに暗殺されるから気をつけて欲しいと忠告した。
だが、龍馬さんは笑って真剣には聞き入れなかった。
「それがさだめじゃあ言うなら受け入れる覚悟はもう儂は出来ゆうき。ただそれは流樹の時代の流れやろが? 勝先生は世界は並行して幾つもあるが言いよったき、儂は未来は変えられるが思うぞね。運命や不運に抗って抗って生きるが。そうせんといかんがよ」
「さすが……カッコいい」
勝先生って勝海舟のことだよな?
随分進んだ考えだな〜、勝海舟って。何もんだろ。この時代にしては画期的? こういう場合は革新的っていうんだっけか?
勝海舟ってもしや未来人?
俺がピストルを元のアクセサリーに戻し首から下げると、菜々芽は「依頼が入った。仕事だよ」と言った。
龍馬さんは早くかくりよを出て薩長同盟を実現したいと言った。
俺はある日、半妖が使う人間の世界とかくりよの出入り口を見つけたので、そこから龍馬さんを出そうとした。
だが、龍馬さんはかくりよから出られなかった。
どういう事が起きているのか菜々芽がツテを使って調べたら、トキの渦から強力な妖気の磁場が出ており、今は誰も出入りが出来ないみたいだった。
幕末かくりよは世界から孤立している状態だ。強力な結界のようなもの、或いは壁で遮られている。
龍馬さんのためにも俺はやっばり天狗の大団扇を見つけないといけない。
令和の時代にそんな家宝の話を聞いた試しはないが、俺がカラス天狗の大団扇を持ち帰れば話は変わってくるのだろう。
さて本日「探偵事務所サカモト」に持ち込まれた案件というのは――。
雪女からの鬼に盗まれた娘の影を捜して欲しいとの依頼だった。
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