第4話 天敵

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第4話 天敵

 俺は声の主を確認する。  そこには、ごっつい男が一人。  橋の真ん中にドンと立ちはだかり、俺達の前で小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべてる。  ひと目で分かるラスボスっぽさ。  俺、こいつにはいや〜な予感しかしねえわ。  鋭い眼光はギラギラと力強く光ってる。  怖えほど。  すくみ上がりそうなヘタレな気持ちに喝を入れる。  相手は日に灼けたばかりのような赤黒い肌、長身で鍛え抜かれた逞しい体とギロリとした目の血気盛んな顔つき。  むっきむきのプロレスラーみてえだな。強そう……。  上半身は裸に羽織りを着ただけ、下は袴着、腰には刀を差し侍風だが強い妖気を一度に解放させてきた。  この妖気は離れててもジンジンと肌が痛むぐらいの強烈さを感じる。  それと紐で括り付けた赤い漆色に塗られた二つの瓢箪を肩からぶら下げている。何が入ってんだ? 酒か?  威圧が空気を震わす。  こいつ、ただもんじゃねえな。  片眼の男だ――。瞑られたまぶたの上には刻まれた古いだろう太い刀傷がある。  何者か知る為よく観察しよう。  俺がジロジロ見てたら、片眼の男の頭には二本角が現れた。  お、鬼かよ――!  龍馬さんは構えたままで、にんまり口角を上げた。  挑むように眼光は鋭い。  だが、片眼の男と戦えるのが楽しそうに俺には映る。  龍馬さんは本気だ――。  それだけの相手ってことか。情けないが素直に怖え。  寒くもないのに鳥肌が立つ。 「この事件に関わってたんはお(まん)か」 「事件? 洒落(しゃら)くさいわ。それにしてもオレの飼ってる妖怪を倒すたあ、お前ら良い度胸してやがるな。ふっ、猫又に半妖の組み合わせか。それに――てめえは久方ぶりだな、坂本龍馬」  そう一気に(まく)し立てると、男は肩から下がる瓢箪の中身を煽るように飲み干した。  プハァッと息を吐き酒の匂いがこっちにまでする。アルコール臭えな。度数の高い酒なのか男は顔を真っ赤に染めた。   「儂とおんしゃあは前回は引き分けだったき、今度こそは勝ち負け決めても()いがよ」 「そうだなあぁ。てめえと勝負をしてやってもいいがよ。ただ普通に一対一(サシ)で刀で斬り合っても面白みがねえな。……ムシャクシャするぜ。せっかく牛鬼や影鰐ごと影をむしゃぶり喰いながら旨い酒を呑もうと思ったのに興醒めじゃねえか、坂本ぉ」  く、黒幕はこいつか!  雪女の子の影が無くなったのは鬼の差し金だったのか。 「あんたが指図したわけっ? 許せない」 「黙れ。猫又風情がオレ様に意見すんじゃねえよ、お嬢ちゃん。お前如きはな、まずひと刺しで殺してやる。身体を走る激痛に息の根が止まるか止まらないうちにオレが骨の髄までしゃぶり魂まで全部喰っちまうぞ」 「なんつーおぞましさ、お前だいぶ妄想が気持ち悪いかんな。菜々芽に手を出すんじゃねえぞ」 「笑わせる、たかが半妖が。鬼はこの世の全ての上に君臨するのが分からんか。近いうちに坂本も妖狐一族も八つ裂きにしてオレが天下を手に入れる」  ムカつくな!  ……龍馬さんとこの鬼は面識があるんだ。  しかも聞いてると二人は天敵、力は互角なライバルってことか。 「お(まん)の残忍さは増してばかりやのう」 「うるせえなあ。オレは鬼族なんだから当たり前だろうが」  睨み合いは続く。  来るのか、来ないのか。  いつ均衡が破られるか、緊張が高まる。  こんなん、心臓がもたねえよ。 「おいっ、カラス天狗の半妖。てめえがトキの渦を越えてきたってのは本当か? お前、聞かせろ。未来は鬼の時代になってんだろなあ」 「誰に聞いた? ……未来は変わるんだ。それに俺は不用意に未来を語ることはしないと龍馬さんと話すうちに考えを改めた。今は固く決めている」 「けっ、生意気な小僧だ。そのうちなぶり殺してやるから首を洗って待ってな」 「――っ!」 「アホ抜かすな、儂がおるきに。流樹は殺させんが」  今にも戦いが始まりそうに緊迫していた。  この二人剣を交えてずっと勝負がついていないなら、刀の腕は互角なのか?  力とタフさを持つらしい鬼妖怪と鍔迫り合いが長引いては、いかに剣豪幕末志士といえども人間の龍馬さんが不利な気がする。 「今は半妖、てめえは弱すぎて遊んでやるには(たの)しかねえ。……ああ、トキの渦を操りオレと手を組むなら生かしておいてやる。妖狐一族にひと泡吹かせてやりてえ。狐の野郎が天下を治めたままじゃあ、せっかくの旨い酒が不味くなるからな」 「トキの渦を操る? そんなん半妖の俺には出来っこない」 「なに抜かしてんだ。出来るだろうが。しらばっくれるな! 貴様はどうやって過去に来た? ぷんぷん匂うてくるわ、異質な風が貴様を守っている。カラス天狗の大団扇はトキの渦をいかようにも出来ることを許された神具だって知らねえとは言わせねえぜ」 「そんなすげぇ家宝なのか? 生憎俺だって行方が知らないんだ」 「流樹、あんた馬鹿っ! 酒呑童子にそんな事を教えたら手に入れようと躍起になる!」  えっ――、俺、余計なこと言ったのか。やべっ、思わず口走っちまった。  それから酒呑童子って鬼の頭じゃないか! しかも大のつく悪鬼妖怪、巷の評判はすこぶる悪い。  酒呑童子と妖狐一族は天敵だが、妖狐に与する坂本龍馬とも斬り合う関係――。  もし酒呑童子側の手にカラス天狗の大団扇が渡ったら大変なことになりはしないか?  やべえじゃん!  俺は自分の失言っぷりに苛ついた。  だって歴史が変わっちまう。  令和かくりよにも影響が出ちゃうんじゃないか……? 「儂はお(まん)と今ここで決着をつけても構わん」 「生憎今夜はオレも忙しい。お楽しみはとっておく性分でねえ。人間のくせに何度もこの酒吞童子と引き分けた敬意を評して、しっかりと決闘の場をお膳立てしてやらあ」  龍馬さんはまた不敵に笑った。  この余裕はどこから来るんだ。  強い者と対峙するのが楽しそうで、俺は龍馬さんに僅かな危うさと怖さを感じた。  この人は用意周到なようで、無鉄砲な人なんだ。  武士の、幕末志士の覚悟と信念には圧倒される。 「酒呑童子、次は片眼だけではすまないぜよ。儂は覚悟を決めゆうき」 「てめえもな、オレがつけた肩の傷を忘れんなよ。のたうち回った坂本の面を早く拝みたいもんだぜ」  一触即発の間合い、龍馬さんも俺も菜々芽も酒吞童子に向かって武器を構えたままだ。  鬼は潔くはない。道理を通すほどの武士道なんて持ち合わせていないって龍馬さんから聞いている。  鬼は他の生き物をいたぶるのが好きで好きで堪らない。  騙してなんぼ。  鬼族は卑怯で残酷者、裏をかいて悦に入る。 『流樹、だから鬼一族とやり合う日が来たら、最後の最後まで気を抜いたらいかんち』  分かっているよ、龍馬さん。 「オレがてめえに勝ったらそこのカラス天狗と猫又はいただくぜ、坂本」 「儂はお(まん)には負けん」  ちらっと龍馬さんが俺と菜々芽に目配せをした気がした。  何かを伝えようとしている?  それから背中を指差して……。  な、何? あ〜、分からん!  悪い、龍馬さん。俺、鈍くて察しの悪い男なんです。ごめん。  菜々芽には龍馬さんの意図は伝わったのか? どうか伝わっててくれえ。 「分かんないの、流樹。龍馬は君に空を飛べって言ってんの!」 「今すぐ儂と菜々芽を抱えて飛べ! 流樹」  はあ〜っ!?  飛べって、お、俺、人とか抱えて飛べるような妖気、たぶん無いんですけど〜!    ◇◆◇  龍馬さんが俺に飛べと言う。  空を飛べるのは俺だけだし。  だけど無茶言うなよ。  二人も抱えて酒呑童子の目から逃げんのか。  不意に横切る頭の中の残像。ダイダラボッチの顔が浮かんだ。 『ここぞの時だけで良いんです。全力全開で無理しなくてはならない時には絶対に諦めてはいけないんです』  すっげえ良いこと言うよな、ダイダラボッチって。  龍馬さんが空を飛べって言った意味がよく分かった。思い知る光景が目の前で起こる。  酒呑童子がふたたび、みたびと瓢箪の酒をぐいっと喉を鳴らしながら飲んでいく。あんな瓢箪にそんなに酒が入っているとは驚きだ。いくらでも酒が出てくんのか?  すると酒呑童子は牙を見せて豪胆に笑うと口から炎を吹いた――!  龍馬さんが炎をもろともせず斬り込んでいく。  酒呑童子は龍馬さんの刀を逆手に構えた大剣で薙って払いのける。  次から次へと火炎を吐く。立て続けに幾度も吐いて酒呑童子は俺達が立つ大橋を焼いていく。  瞬く間に火は燃え広がる。 「焼かれて死ねえぇっ、坂本ぉぉ」  これが酒吞童子の狙いか――!!  やべえ、コレはやべえぞ。  一気に火の手が上がる。前にも行けず後ろにもさがれない。  四方八方、火の海だ。  酒呑童子、自分だって丸焦げになるじゃん。……と思ったら酒呑童子は火の海に向かって疾走する。  なっ――! そんなんありかよ。  酒吞童子の、鬼の俊足はあまりにも速いスピードと放出してる妖気で身体を守っているのか、猛火の海を分けてそこを突っ切って行ってしまった。  逃げ足が速い。  火の海に取り残された俺達を容赦なく酒吞童子が仕掛けた火事がさらに襲う。  龍馬さんと菜々芽が煙を吸い込んで苦しそうに膝をつく。 「流樹! いかん、いかんぞね。ええか? このままではまわる火で橋が崩れ落ちゆうき……。流樹、頼みがあるんちゃ。二人を抱えてとは言わん。菜々芽だけでいい。助けんか! お(まん)男じゃろうが! 女子(おなご)を守るんがはいつの時代でも男のつとめじゃろうが。カラス天狗の血をたぎらすんじゃ。お(まん)なら出来るがよ」  情けないことだ。  俺は半分はカラス天狗なのに。お得意のはずの飛行すら言い訳してだめだと諦めていた。空を人を抱えてなんて飛べないとか思ってた。  窮地を脱するにはやるしか無い。  俺がやるしかないんだっ! 「やるよ。俺。やってみせる。菜々芽を助ける。……菜々芽も龍馬さんも助けるからっ!」 「救うのは菜々芽だけで良いき。えらい欲をかいちゃあ、皆して丸焦げじゃ。だけんど……、流樹の決心が儂は嬉しいが。まっこと偉いぜよ。儂まで助けよう思うんは流樹は強くて優しい男ぞね」  火災の煙は二酸化炭素やガスをふんだんに生成する。人や妖怪の命をあっさり奪おうとしてくる。  菜々芽は先に、龍馬さんも続けて気を失ってしまった。舐めるように(さか)る生き物めいた炎が迫る。  二人共橋の上で倒れてしまった!  にわかに焦りが生まれ、こめかみから汗が滴り落ちた。  炎の熱さに体中から汗が吹き出す。  俺だけがなぜ無事なのかは詳しくは分からなかった。ただ、危機に面して天狗の羽根が細かに震え、微風を勝手に本能で起こしているようだ。  ――俺はやる。  龍馬さんと菜々芽を必ず助ける。 「だからさ、(わり)い。力を貸してくれ」  俺は倒れた菜々芽の背中に触れる。  甘い花の匂い、菜々芽の香りが俺の天狗の力を呼び覚ます。  不思議だ。とてつもなく熱い血が巡る。  俺は悟った。  妖怪九尾白銀に出会った時のようにまではいかないが、カラス天狗の血はどうやら仲間の妖怪の存在の影響を過分に受けるんだ。  きっと信頼とか好意を持てば持つほどに。  仲間や大切な存在が俺の力の根源、カラス天狗の妖気の増幅に繋がる!  背中が熱い。火傷しそうだ。  苦しい。苦しいっ、熱い。熱いっ!  やがて熱さと苦しさは身体中から湧き上がる。  天狗の熱い血は駆け巡り隅々まで行き渡る。広がる妖気が暴れまわる。  妖怪王にもらったピストルのアクセサリーから妖狐の妖気が俺に流れ注がれた。 「妖怪王白銀を感じる。己の天狗の血が騒ぐ」  気高い妖気の流れ。  妖狐九尾の妖気は激流のごとく俺の中に、あとに菜々芽の妖怪猫又の妖気、俺のカラス天狗の力。  全部が俺の中で融けて合わさって爆発する!  めりめりっと背骨と翼骨の音がした。  バサアッと羽根の一枚一枚が伸びていく感覚。縮こまっていた手足が広げられたのに似てる。気持ちよくさえあった。  小さかった俺の羽根が大きく広がる。  あとは高揚感のままに空へ飛び上がるだけ。  俺は意識のない龍馬さんと菜々芽を二人同時に両肩に担いで翔んだ。  炎の海から天空を目指すイメージで、最大限の羽ばたき、フルパワーで羽根を動かし崩れ落ちゆく大橋を飛び出した。
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