第5話 大団扇の手掛かりは意外なところに?

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第5話 大団扇の手掛かりは意外なところに?

 俺は、龍馬さんと菜々芽を逃がすことで精一杯だった。  とにかく一刻も早く! 火を逃れ安全な所へ――!  空を飛びながら眼下に見えたのは、大橋の火事に気づいた妖怪たちのやじ馬が集まる姿や、川天狗自警会や河童火消し団やアマビエ消防隊が属する九尾連合消火隊が駆けつける姿だった。  頼もしいぜ。あとは頼んだ〜。  俺は二人を抱えて「探偵事務所サカモト」までなんとか辿り着くと、一気にへなへなと気が抜けた。      ◇◆◇   「ありがと、流樹。まさか君に助けられちゃうとは。でもすごく素敵で立派ね、その羽根っ。艷やかで綺麗〜。白って清らかな感じ」  菜々芽がゆっくりと俺の羽根をさすると、ぞわわっとくすぐったい。前になんかの罰ゲームで雨季に足の裏をくすぐられた時と同じ感覚。 「くすぐってえから!」 「うんっ、神様みたいに荘厳な雰囲気。どこにも黒い羽根はなくなったんだね」  俺が(かわ)しても菜々芽が触って来る。  羽根を畳んでも以前みたいに小さくはならないから厄介だ。コレ、学校行く時どうしよう? 普通の人間には見えないはずだけど服の中に翼は収まらねえな。制服の背中切る? いやいやマズイだろ。訓練して消すしかねえ。だって母ちゃんや親戚は出来てんだから俺にも出来るっしょ。 「なに、ボーッと考えてるのかな?」 「別に」 「それにしても良い触り心地ねぇ」 「さ、さわんなよ、菜々芽。ずっとお前に触られっとなんかくすぐったいのと変な感じがする」 「良いじゃん、良いじゃん」  菜々芽が羽根の先や根本をさわさわとくすぐってくるから俺はたまらず笑い転げ回った。  なんでか黒かった羽根は純白になった。 「格好良い姿に成れて良かったじゃん」 「……まあ、覚醒出来たのは菜々芽の妖気に触れて力をちょっと貰ったからかな」 「はあっ? 何それ。妖気を吸血妖怪みたいに吸ったりしたわけかっ。わたしのを……勝手にぃ」 「しょうがねえだろ、一大事だったし。他にあの場から脱出する方法が見つかんなかったんだから!」 「……まあ、別に良いわよ。流樹になら」 「何だよ、急にしおらしくなっちゃって」 「だって……、まだ龍馬の目が覚めないからよ。こんなに騒いでいても意識が戻らないんだもん……」  龍馬さんは布団に横たわる。先に目を覚ました菜々芽が探偵事務所の屋根裏に住み着いた管狐という妖怪に頼んで医者を呼んでいた。  俺が行っても良かったんだが初めて羽根を限界まで伸ばしたからかヘトヘト……情けないが満身創痍だった。  俺と菜々芽は妖怪の体だから人間よりタフで回復は早い。人間の龍馬さんはやっぱ酒呑童子みたいな強い鬼からダメージを受けたら……俺達より死ぬリスクは高いんだよな。  三人共、顔や服から出てる肌が煤で汚れ傷が出来て乾いた血がこびりついている。  菜々芽の瞳に涙が浮かぶ。  ――……俺は女子の涙が苦手だ。  泣き止ませたくなる。  俺は菜々芽の頭をぽんぽんと撫で抱きしめた。 「泣き止めよ……。俺、女子が泣いてんのは苦手なんだ。どうしたら良いか分からなねえ」 「ふふっ、流樹は不器用ね。で、いいヤツだって分かる。私、こんな時大丈夫、大丈夫って唱えるの。でも不安は失くならない。なのに、君が抱きしめてくれたらね、……ちょっと落ち着いた」  菜々芽からの甘い花の香りに今は妖気が高まらない。いったん、俺の今持っている妖気が最高値まで上がったからなのか? 「こんばんは」 「こんばんわ〜」  来訪者っ?  探偵事務所の扉から二人ほどの妖気を感じて俺は慌てて菜々芽から離れた。  やって来たのは依頼者の雪女親子だった。すっかり元気そうな三歳ぐらいの雪女の女の子はにこにことして俺達を見てる。 「お陰様でこの子の影は無事に戻りました。ありがとうございます」 「ありがとう、天狗のお兄ちゃん、猫又のお姉ちゃん。……侍のおじさんはねんねしてるの?」 「ああ。龍馬さんは怪我してねんねしてるんだ」 「お礼に伺ったのですが。……龍馬さんは魂に鬼火の傷を負っているようですね」 「屋敷の者に連絡して、医学の心得のある現善狸じじは呼んでるんだけどまだ来ないんです」  ゲンゼンタヌキ?  どっかで聞いた名前だな。 「私で良かったら処置をさせてください」 「あんたが?」  雪女の母親はフーっと冷たい妖気を吐いて小さな雪だるまを造る。すると布団で横たわる龍馬さんの口を開かせ中に入れた。  聞き取れないが雪女は呪文を詠唱する。やがて龍馬さんが苦しそうにしていた呼吸が落ち着く。  体から立ち上るどす黒い湯気。肌の表面から炎に込められていた酒呑童子の妖気の(さわ)りが抜けていく。  龍馬さんは庇ってくれてた。俺達の受ける分ももろに受けてたんだ。 「人間の身体のくせに無理し過ぎだってえの、龍馬さん」 「そうね、無茶しすぎ。流樹、君も同じ様なもんだけどね」  俺は胸が熱くなっていた。  師匠と呼びたい。そんな風に自然に思えるほど、俺の中で龍馬さんの存在が大きくなっていく。 「龍馬さん、明日には目が覚めると思いますよ。鬼の妖気はすっかり抜けましたからね。火傷も消えているはずです」 「「良かった〜!」」  俺と菜々芽はお互いの両手を合わせて叩きながら喜んだ。勢い余って菜々芽をひしっと抱きしめようと早まったらするっと(かわ)された。 「気安く調子に乗ってわたしに触ろうとしないでくれる? 流樹って助平(すけべ)ね! 甘ったれ」 「べ、別に深い意味はねえし。俺はただ喜びを分かち合おうとしただけし。未来じゃハグ……抱き合ったりなんてサッカーの試合勝ったりすると男同士よくやるんでね。勘違いすんなよ。俺はお前を女なんて思ってねえからなっ。大体、菜々芽に触っても嬉しくねえ」 「じゃあ、流樹はわたしをどういう認識で見てんのよ」 「……うーん『仲間』以外の何者でもない」 「……あっそ」  俺と菜々芽が言い合いをしているのを雪女親子はにっこにこで見つめてんのに気づいて、俺達は恥ずかしくなって押し黙る。 「あらあら仲良しさんね」 「天狗さんと猫又さんは恋人どおしなのお〜?」 「「仲良しでも、恋人同士でもありませんっ」」  うふふと着物の袂を口に寄せながら意味深に雪女の母が笑う。  菜々芽の必死な否定にちょっと傷ついたが、俺だって全力で違うと言ったわけだもんな。 「そうそう、この子が変な蝶を見て追いかけた時にうっかり牛鬼の縄張りの川岸に入ってしまったようなのです」 「変な蝶? あやかしなのかしら」 「ううん。きらきら〜ってしててぇ、ひらひらぱたぱたしてるの。すっごくでっかあいチョウチョさんだったんだよ。なんかねえ、色んな文字も書いてあったの」 「文字? きらきらひらひらぱたぱた〜?」 「私にはなんのことかさっぱり。子供の言うことですからね。何かの手がかりになります? それでは私どもはこれで失礼いたします。ありがとうございました。龍馬さんのお見舞いも兼ねまして後日改めてお礼に……」 「お兄ちゃん、お姉ちゃん。さようなら」 「おう! もう一人で蝶とか追いかけんなよ」 「うんっ、またねぇ」  雪女親子が帰って行った後、菜々芽は事務所備え付けの炊事場に立つ。野菜だの干し魚だの食材をまな板の上に次々と出している。 「俺も手伝うよ」 「流樹は龍馬の様子を見ていて」 「ああ……」  しっかし……。あの子の言っていたこと、俺にはさっぱり何のことだか。 「――変な蝶? きらきらひらひらぱたぱた〜?」 「……それは蝶ではないかもしれん」 「りょ、龍馬さんっ!」  目を覚ました龍馬さんが小さく呻きながら半身を起こして俺を見ている。 「龍馬あっ! 良かった、気がついた!」  菜々芽が龍馬さんに抱きつくとなぜか俺の胸がちくりとした。これはなんだ? 「おっと! 菜々芽、流樹。二人共無事で良かったぜよ。痛む怪我はないがか?」 「龍馬ぁ、私達は大丈夫だよ」 「龍馬さん……」 「分かっちょる。お(まん)が儂らを助けてくれたやろ。……まっことこれは見事なカラス天狗の羽根ぞ」 「なんか夢中だったから。……龍馬さんこそ、どこか痛むとこはない?」  龍馬はうーんと顎をさすり茶目っ気たっぷりに俺達を見て笑ってる。ホッとして俺は腹がますます減った。 「こらぁ痛みは大したことない。じゃけんど儂は腹が減って減って良い考えも浮かばんちゃ。食うもん食わんと力が出んき、いかん。ああ、酒呑童子の奴にひと泡吹かせたらお(まん)らに美味い軍鶏鍋でも食わせてやりたいが思うぞね」  龍馬さんはガハハと笑ってつられるように俺も菜々芽も笑う。  菜々芽があっという間に手早く御馳走を作ってくれた。お嬢様なのに菜々芽は料理が得意らしく手際が良い。いつもすぐに食べられる時短料理なので嬉しい。  御飯は鯵の手ごね寿司、酢と胡麻が効いている。カマスの干し魚は焼いて大根おろしとかぼすが添えてあり、煮物は茄子と蛸に小松菜、漬物は内藤とうがらしと爽やかな早稲田みょうがにのらぼう菜だ。やっこ豆腐が小鉢に入っている。 「うっひゃあ、美味そう!」 「まっこと豪勢な」 「「いただきます」」 「いただくでござる」  俺は無我夢中で夕飯に食らいつく。だって腹が減って仕方がなかったもん。育ち盛りだしさ、俺。 「甘い南蛮由来のお菓子も焼いたの。食後に召し上がれ」 「南蛮の菓子?」 「ビスコチョとかカステーラとか言う名前だったかな。龍馬と和菓子屋の一つ目小僧に教わったの」 「カステラか! 美味いよなあ、ふかふかしてて」 「流樹は甘い物が好きだものね」 「江戸かくりよに来てから甘い瓜とか小豆や南瓜は食べたけど菓子は初めてだ」 「そうだったっけ? 金平糖やビスケットも食べるかしら? 今度家から持って来るわ」  早く頼めば良かった。菜々芽の実家は商家だから珍しい甘味が手に入るらしい。  令和じゃ簡単にさんざん食べてきたお菓子も幕末かくりよじゃ貴重品なんだろうな。  腹が膨れてきたら眠くなってきた。  待ってましたのカステラもどきを食べて俺は大満足だった。 「流樹、菜々芽。儂は明日、牛鬼の縄張りだった川に行ってみようかと思っちゅう」 「俺も行く! もちろんついていくから」 「わたしも行くわ。だけど二人共、無茶はしないでよ。……酒呑童子はしつこい鬼妖怪なんだから」 「……来たら倒す――! そろそろ酒呑童子とは決着をつけなぁいかん」  龍馬さんが笑って、しかし刹那鋭い眼をした。ぞくっと怖ろしさに鳥肌が立った。なんつー気迫。この人の隠されてる熱さに触れちゃならない。  だけど惹かれるのは男気だろうか。 「酒呑童子は早々簡単には倒れる相手じゃないから。龍馬も流樹も自分の世界に帰ることを優先してくれて良いんだよ? ……ううん、そうして欲しい。今の妖狐九尾王は弱ってるけど跡継ぎが頑張るでしょうから」 「一度乗りかかった船、儂は()めんき」 「龍馬……」 「何? 菜々芽は俺達の心配? 俺だってやられっ放しは(しょう)に合わねえんだけど」 「流樹、わたしは二人が傷つくのが嫌なの! 見たくないの」  俺と龍馬さんは顔を見合わせた。龍馬さんが菜々芽の頭を撫で、俺は菜々芽の肩を軽く叩く。 「武士は決めた事は通すのが道。儂が菜々芽を守るんはかくりよに来た折にお(まん)と約束したことじゃき」 「俺は菜々芽には笑っていてもらいたい。酒呑童子をあのまま野放しにして自分の時代には心配で帰れねえよ」 「……分かった。ありがとう、二人共。――わたしも戦うから」  ……守られるだけじゃない、猫又女子の菜々芽はそういや結構強かったんだよな。  俺は菜々芽を守れるぐらいに強くなりたいと願った。  稽古して、稽古して、俺は強くなろう! いつも投げやりでやる気がない俺、自信が無かった俺は居なくなった。随分、根性出している。  タイムスリップして良かった。  俺は自分で言うのもなんだが男が上がった。うんっ、気合が入った! 「儂の見立てでは『カラス天狗の大団扇』の場所は意外な所にあるように思うがよ」 「えっ? まさか」 「龍馬は閃いたの?」 「明日、それを確かめるが。夜が明けるのを楽しみに待っちょりや。さあもう湯浴みして早う寝ーや」  菜々芽は屋敷から侍女の化け猫と警護の送り狼という妖怪達のお迎えが来て帰って行った。  龍馬さんに促されて熱い湯の五右衛門風呂に入り寝床に入ったは良いが、俺はなかなか寝つけずにいた。  ――なぜなら明日の牛鬼の縄張り調べの事もあったが、大きく育ったカラス天狗の翼が邪魔だったから。  まだ、慣れねえわ〜。  もし、カラス天狗の大団扇が見つかったら、すぐに俺は令和に帰るのか?  どうやって帰るんだろう。  トキの渦は不安定なんだもんな。  ……誰が帰り方を知ってんだ?  まあ、……なんとかなるっしょ。  俺はやっと睡魔に誘われ眠り、深い夢に落ちていく。  霧に見え隠れした雨季と白銀が俺を手招きして誘う。  これは夢――だ。  俺には分かる。  雨季、無事だろうか。白銀に変なことされてねえかな。  白銀の顔を思い出すと胸が疼く。  どっかで似た顔を知ってる様な気がした。
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