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最終話 ついに決着! そしてさようなら……
明くる日。太陽が登り始めた朝早くに探偵事務所に突撃して来た元気いっぱいな菜々芽。
猫又らしく尻尾を振り振り、身のこなしは軽い。
「おっはよ~!」
龍馬さんと俺は菜々芽に布団の上から蹴られた上に乗っかられ叩き起こされて、三人仲良く朝飯を食ってからさっそく出掛けた。
「菜々芽の握り飯とキジ焼きと味噌汁の差し入れ、美味かったな〜」
「呑気ねぇ、流樹は。いつ酒呑童子が襲って来るか分からないのに」
「酒呑みは朝が遅いんじゃねえの? 俺の母ちゃんは大酒飲みでさ、二日酔いだと朝が辛そうだぞ」
「はっはっは。儂も酒はよう呑みゆうが朝はすっきりじゃ。……油断は禁物やき」
「了解〜」
俺は装備のピストルのアクセサリーと刀をチェックする。よしっ、ちゃんとある。
雪女親子が言っていた牛鬼の縄張りだった鎮守の森の河原に到着する。探偵事務所がある町通りからそんなに離れてはいない。
そういや、この辺って天狗の里への出入り口もあるはずだ。
トキの渦の磁場のせいで向こうには行けないだろうが、若かりし頃のじいちゃんばあちゃんには会ってみたい。
牛鬼は俺達が倒したので縄張り巣穴は空っぽ。
なんの妖気も漂っていない。
川の穏やかな流れに時々気持ち良さそうに河童が優雅に浮いて流れていく。
「で、龍馬は何を調べに来たの? 変わった蝶々のこと?」
「お前らなら分かっちゅう思うとったけんど。儂の勘では……」
「んっ?」
龍馬さんが河原の草の茂みをガサゴソ刀の鞘で突っつく。あー、愛刀をそんな雑な扱いして良いんですか?
「そら見ろっ、当たりじゃった!」
「うわっ!?」
「何か出た!」
出てきた『ソレ』はぱたぱた〜っと空に舞い上り、きらきらひらひらしている。どんどん空へ昇っていこうとするから俺は翼を羽ばたかせ『ソレ』をエイッと掴んだ。
「大団扇! これって……」
おいおい、たぶんうちの家宝を見つけたんだが……。
「なんじゃこりゃあ〜!」
俺が握り掴んだカラス天狗の大団扇は派手な落書きだらけだった。
カラフルなペンで「LOVEジュンヤこっち見て」と書かれデコって装飾されている!
し、しかもっ! ななな、名前の欄とかあって『一葉のうちわだよん』と書いてある。
……一葉ってうちの母ちゃんの名前なんですけど!?
ううううっ〜! まさか母ちゃん!
大事な家宝をアイドルの推し活うちわに使ったんかっ!
でもなんで幕末かくりよにあるんだ?
「確かにキラキラじゃのう」
「流樹? どうしたの」
「あわわわわっ。この名前欄のここ、ここに書いてあるのうちの母ちゃんの名前なんだ!」
二人は大団扇を覗き込んで大笑いした。
「はっはっはっ。流石、流樹の母上殿だな。伝家の宝をこんな風に飾るとは。まっこと面白く豪快な性格をしちゅう」
「ふふっ。君の母上様はさぞかし自由奔放な素敵な方なんだろうね」
……妖怪王白銀はどこまで見越して俺を幕末かくりよまで飛ばしたんだ?
だけど、これで大団扇は手に入った!
「さて、大団扇は手に入ったけどさ、どうしたらトキの渦を安定させて龍馬さんを人間世界に戻せるんだ?」
「その団扇、俺が貰い受けよう」
で、出た――っ!!
酒呑童子が空から襲来して来た。
真っ赤な顔をしてる。妖気が高まる酒を呑んで準備万端って感じじゃねえかよっ、おい!
俺は覚悟を決めた。
「酒呑童子、おんしゃあに渡すもんは何もないき。今日こそ決着をつけてやるぜよ」
「望むところだ。ほら斬りに来いよ、坂本。俺様を舐めてかかっと死ぬぜ、おらあっ」
酒呑童子は口から火炎を吐き龍馬さんは躱しながら近づき斬りかかる。龍馬さんの剣は目にも止まらぬ早さだ。二の腕、肩脇腹と続け様に酒呑童子を斬りつけた。
火を吐きながら酒呑童子は避けたが剣先は掠る。血が吹き出し酒呑童子は抜いた大剣を逆手に握り龍馬さんの頭を狙ってくる。龍馬さんが後ろに跳び下がり酒呑童子の剣は龍馬さんの踝を容赦なく斬りつけ、呻き声が上がる。
俺は壮絶な気迫の決闘の前に手出しが出来なかった。
その時――! 叫び声が上がった!
「酒呑童子っ、覚悟しなさいよ」
空中を飛ぶ菜々芽の強烈な膝蹴りが酒呑童子の顎を蹴り上げ、猫パンチが炸裂する。左フックが決まった時、菜々芽が俺と龍馬さんの名前を呼んだ。
「流樹、龍馬、とどめを刺して」
菜々芽に言われるがままに操られてるかの如く無意識に俺の体が動く。
俺が妖気をこめたピストルの弾丸が酒呑童子の鎖骨辺りに向かう、と同時に龍馬さんが酒呑童子の真正面を取って稲妻の様な剣撃で仕留めていた。俺の妖力弾は駄目押しの追撃になった。
龍馬さんの太刀筋の火花がまだ俺には見えていて、残像に驚いている間に菜々芽が酒呑童子の額に妖力の満ちた札を貼った。
札の効果で石化していく酒呑童子は目を怒らせながらも高らかに笑っていた。く、狂ってる。
「ふはははっ。坂本、見事……っ。これで終わったと思うなよ」
「……お前、石になっちゅうき。そん姿で何が出来るがよ、酒呑童子」
龍馬さんの表情から一抹の寂しさを感じた。好敵手を失ったからか? 複雑な思いは大人でも武士でもない子供の俺にはまだ理解できなかった。
菜々芽は「封印したって凄い力だからね、壊すのは容易じゃないのよ」といつかのみたいには酒呑童子の石を砕かなかった。
「流樹! これっ」
菜々芽が急に着物の袂から人形を出し俺に投げつけた。
「手乗りダイダラボッチ人形だよ。帰り道を教えてくれる。君が大団扇を持ってトキの渦に入ればかくりよから龍馬は出れる。帰んなさいよ、自分の時代にね」
トキの渦は突然俺の足元に現れた――!
雨季の言葉を思い出す。トキの渦の出現場所は神出鬼没だって。
「急すぎんじゃんか」
のまれていく、渦の中。菜々芽が泣いていた。龍馬さんが一筋流した涙が光り、じっと俺を見ていた。
「……達者でな」
「流樹ぃっ……」
俺はまだ――、俺はまだ幕末かくりよにいたい。龍馬さんや菜々芽と一緒にいて楽しく事件を解決したり飯食ったり遊びに出掛けたりしたい! でも、もう……お別れだった。
名残惜しくて悲しかった。
離れたくない、菜々芽とも龍馬さんとも。
突然すぎるよ。
さよならだってちゃんと言えてなかったのに……。
◇◆◇
気がつくと目の前に白銀の顔があって胸が飛び跳ねた。横には現善狸じじいがいてダイダラボッチもいる。
背後には大鏡があり、俺が目を覚ましたここの場所は幕末かくりよに出発した時の洞窟だった。
大団扇はしっかり握りしめている。
戻って来たんだ、令和かくりよに――。
俺、戻って来ちゃったんだな。
もう、会えないのか。
龍馬さんにも、菜々芽にも。
「流樹、ご苦労だったね。楽しかったかい? そんな寂しげな顔をされると慰めてやりたくなるよ」
「だ、だってよ。……いいや寂しくなんてな……い」
「忘れたの? わたしは君の考えていることが聴こえるんだよ。……まあ、とりあえず目の前の問題を片付けてしまおうか。一緒にね」
「あ? ああ」
「大団扇を構えて」
「こうか?」
俺が両手で大団扇を構えると背後から白銀が俺に被さるようにしてきて、俺の両手に自分の両手をのせ重ねる。
――二人で一緒にってそういう意味かよっ。
ドキドキしてる。
手に手を重ねた部分から白銀の熱い妖気がなだれ込んでくる。
「こら、集中っ」
「あっ、ああ。……なあ?」
集中、集中――。そう思いながらも、気になって仕方がねえよ。
「まずはトキの渦を鎮める」
白銀の妖気はあいつにそっくりだ。
まさか……どうして?
類似点は幾つもあった。そう言えばいつかの夜、お嬢様の菜々芽はいずれ家業を継ぐと決めたようだと龍馬さんが言っていた。家業って……。
甘い甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。
幕末かくりよの対決は俺にはついさっきの出来事――。
そこに抱きしめた菜々芽の感触が甦る。
今は逆に、ぎゅうっと白銀に抱きしめられて、俺は体の内側が熱くなる。頭はパニック、既にキャパオーバーだ。
「な、菜々芽? ……お前がまさか」
「何のこと? 馬鹿ね〜。照れてないで集中しなさいよ、流樹」
白銀の妖気の香りが強くなる。俺はくらっと目眩がして意識が飛びそうになった。
「ううっ、菜々芽……。は、白銀、あんたの妖気に反応して俺、熱くて熱くて妖気がたぎってきて苦しいっんだ! いっそお前の正体をきちんと知った方が集中出来んだけど!」
「さあね。簡単には明かしてはやらない」
「意地悪じゃね? 妖狐が化けてたんだな。菜々芽は猫又じゃねえんだろ」
「うふふっ、残念でした。ハズレだよ。龍馬はちゃんと分かってたのに流樹は分かんないのかあ」
菜々芽なんだろ? お前――。
「特別にヒントを教えてあげるよ。妖狐と猫又のハーフがわたし。君も私もある意味同じハーフ同士だね。あーあ、流樹と会える日をどんなに待ち望んだか。君、生まれるの遅すぎ」
……はあ、なんかすいません。
「菜々芽。……いやだって」
「この時代にわたしを幼名の『菜々芽』と呼ぶのはもはや君だけだ。とても懐かしく甘くゾクゾクとするのは何故だろう」
「お前、色気抑えろよな。その艶めかしいっつーの、出すな。妖艶さがだだ漏れだと変な奴に狙われっぞ」
「馬鹿ですかー? わたし、妖怪王なんですよ、流樹。かくりよにも妖怪世界にもこのわたしを畏れない者などない」
「そうやって虚勢を張るな。俺の前では曝け出せば良いじゃねえか。馬鹿馬鹿言ってはぐらかすなよ。菜々芽は強いけど優しくて泣き虫だ。俺は、――俺はいつでもお前の味方だ」
俺は菜々芽の片手を掴んだ。片方は大団扇を扇ぐ。
直接手を繋ぐと白銀の妖気は俺のカラス天狗の妖気と上手く混ざり合って大団扇に注がれた。
「菜々芽が可愛すぎんの、周りの奴に知られたくない。俺がイヤなんだよ!」
「雨季がいるくせに」
「はあっ?」
どうしてここで雨季が出てくんだ?
「意外。君って独占欲が強いタイプだったんだね」
白銀はウインクをして微笑んだ。
大団扇は眩しく光り輝き雷を生み出し、トキの渦に向かっていった。トキの渦の勢いが緩やかになる。
「トキの渦は決してなくなりはしないんだ。鎮めることは妖怪王の大事な仕事のうちだよ」
白銀の俺を見る瞳に吸い込まれそうだ。潤んで、厳しくも甘い瞳はじっと俺を見つめてる。
何か……言いたげに――。
白銀が青白く揺らぐ幻のような狐火を手の平から出すと体が包まれて、俺と白銀は妖怪城のお濠公園に立っていた。
「流樹ちゃ〜ん!」
「雨季、無事かっ!?」
妖怪城の門からダイダラボッチに連れられて、笑いながら手を振り雨季が小走りに向かって来る。
雨季と会えたのが、随分と久し振りな気がした。
「無事って何? 私ね、白銀様とお菓子作りをしてたのよ。カステラを作ったんだ。食べるでしょ。流樹ちゃんは白銀様のお使いをしに行ったのよね?」
「お使い、ねえ。……まあな。ちょっと遠くだったな」
俺が白銀を見ると、白銀はポーカーフェイスな営業スマイルを浮かべた。
「雨季さんは器用でしたよ。とっても上手にカステラが焼き上がりました。どうです? 今から城にお出でなさい、流樹。あなたの御母上も呼んでありますから」
御母上? 母ちゃんにまさか大事な大団扇をデコって失くした処罰がくだされるのか? やべーじゃん……。
妖怪城になんか行きたくねえ〜。
「さあて行きましょうか、我が城に」
俺に白銀の有無を言わさぬ怖い笑顔が迫る。
耳元で白銀は囁いた。
「聞いたらね、御母上の一葉さんは昔アイドルのコンサートの帰りに酔ってトキの渦に大団扇を落としてしまったらしいのよ。本人も忘れてたらしいけど」
「母ちゃん、処罰されんのか?」
「しないわよ。お咎めなし。代わりに君をわたしの直属の配下に加えたから。交換条件よ♡」
「鬼っ!」
「あらやだ、わたしは鬼じゃなくて猫又で妖狐だから」
「菜々芽っ」
ひとまず一件落着したが、俺はこの後また幕末かくりよに飛ぶことになる。
動乱の時期、菜々芽が妖怪王になるまで俺は助けてやるのが仕事になった。
実はこの先、かくりよにまた迷い込んだ数奇な運命の龍馬さんにまた会える。
探偵事務所サカモトは再開し活躍するんだが、それはこの時の俺からはほんの少し先の話だ。
白銀……、菜々芽には俺が幕末かくりよに行けば行くほど、過去の思い出として記憶が増えていくことになるんだ。
そこはなんか不思議だよなあ。
菜々芽が無事に自分の地位に就けるためにも、俺は強くなって守って戦ってやりてえ。
そうだ! 俺は強くなる。
強くなってやる。
俺の中にまだまだ眠っているはずのカラス天狗の妖力を使えるようになればいい。
大切な者を守るため平和のために使えるように鍛えるんだって誓ったんだ――。
俺の隣りに立つ白銀を見つめた時に。
おしまい♪
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