Ⅰ.卒業間近

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Ⅰ.卒業間近

 ――小学生になって6年が経つなんて嘘みたいだ。  でもそれが事実であることを物語るように、ランドセルには傷やシワが出来ているし、上履きも第何代目なのか数え切れない。  もう3月だ。  あと半月もすれば俺は小学生でも中学生でもない存在になる。半月なんて本当にあっという間だろう。俺はこの小学生生活で、やるべきことが出来ているのだろうか、やり残したことはないのだろうか。  ……なんて窓外を眺めつつ1人感傷に浸っていると言うのに、英語教師の小田原はその雰囲気を台無しにしてくれる。中年男とは思えないようなハイトーンが教室に響いた。 「それでは、ラスト・テスト! はじめますよ! よそ見しているミスター・ツバキ、アーユーレディ!?」  クラスの視線が俺の方を向く。俺は黙って頷いたが、小田原はまだ耳に手を当てながら、俺の言葉を待つ仕草を続けていた。 「……ねえ椿(つばき)くん、答えなよ」 「……面倒だなあ」  隣の女子に促され、俺は仕方なく口を開く。 「お、おーけーれつごー」  小田原は指をパチンと鳴らしてようやく言動を再開する。 「イエス! ナイスアンサー! それじゃあテスト配りますね!」  最前列の席にテスト用紙の束が順々に配られていく。ちょっとよそ見をしただけだというのに、本当にこの英語教師は厄介な存在だ。 「……ケン、あんた英語の発音全く成長してないね」  前の席から用紙を回しながら、アオイがボソッと俺に難癖をつけた。  受け取りながら伏し目がちに言い返す。 「お前みたいに優秀な”お受験組”じゃなくてゴメンよ」 「いや受験とか関係なくない? 授業態度のも・ん・だ・い」  アオイはベエと軽く舌を出すと、すぐに前に向き直った。  ……チッ、優等生が。  前に座る本条(ほんじょう)アオイは幼稚園から一緒の同級生だ。似たような生い立ちのくせにとことん勉学に優秀なやつで、至ってノーマルな俺とはいつの間にやら雲泥の差が開いている。  その優秀さを定量的に表すとすれば進学する中学だろう。俺はそのまま地元の公立中学に進むのに対し、アオイは有名私立大学の附属中学へと進学する。  幼稚園から小学校まで9年間同じ道を歩んできたが、いよいよもって道を分かつことになった。その最後の1年に同じクラスになったのは何かの偶然だろうか。せっかくなら仲良く過ごしたいところなのだが、アオイは先のやり取りの通り、どこかツンケンした態度に終止している。  男子と女子だから仕方ないっちゃ、そうだけど。
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