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古玩具
裏の物置で中元の貰い物の山を整理していたミツが、ダンボール箱をひとつかかえて出てきた。
「渉君、これ、もう使わないかな。」
箱には、ゼンマイがばかになった自動車、布張りの飾り絵が剥がれかけた羽子板、木靴を履いたオランダ人形、赤い色が褪せた幼児用のバットなどのがらくたが入っている。
「うん、捨ててもいいよ。」
「じゃ、わたし貰っていいかなあ。」
「いいけど、そんなものどうするの?」
渉は目を円くして尋ねた。
「今度帰るとき弟や妹に持ってってやると喜ぶと思って。」
「ふーん」
渉は少し思案するふうだったが、「それだったら、もっといいのがあるから、とってきてあげるよ」と物置へ入っていった。
やがて渉は沢山の古玩具を裏庭へ引っ張り出した。少し塗料が剥げているが、まだゼンマイが効く大型の黒塗り乗用車、渉があまり愛さなかったためにほとんど汚れもない縫いぐるみの動物たち,渉には難しすぎた真鍮の曲独楽のセット、一時流行したフラフープやホッピング、多少錆びてはいるが、機関車、客車、貨車から変圧器、信号、プラットホーム、たくさんのレールまで揃った電気機関車の模型・・・・・・・
「でも、それはまだ使えるものだけから・・・」
「いいよ。もうぼくはこんなオモチャで遊ばないから。」
「4年生だもんね。だけどとっておきたくない?また買おうと思ったら高いよ。」
「ほんとに要らないんだもん。ミツさんの弟や妹にあげたいんだ。」渉は少し照れながら言った。
「そう。じゃ、これと、これ、ほんとに貰っていいかなあ。」
ミツは黒塗り乗用車とウサギのぬいぐるみを脇へ寄せた。
「これも持っていけばいいのに。」
渉は、かつて友達を羨しがらせた鉄道模型をミツのほうへ押しやるようにして言った。しかし、ミツは受け取ろうとはしなかった。
「でも、ほんとにそんなのあげても喜ぶかな。」
渉は自分がミツの弟だったら、そんなの要らないや、と言いそうな気がして、ミツの言葉が疑わしかった。しか、ミツは「そりゃあ大喜びよ」と本当に嬉しそうに言うのだった。
「そんなところでお店ひろげて何してるの?」とひさが勝手口から顔を出した。ミツは渉に向けていたにこやかな表情を少し引き締め、物置を整理していて古い玩具が出てきたと説明した。
「坊ちゃまがもう使わないから捨てていいっておっしゃるんですが、私がいただいてもよろしいでしょうか。」
「ミツさんの弟や妹が喜ぶんだって」と渉が言い添えた。ミツはちょっと顔を赤くした。
ひさは驚いたようにミツを見返し、「そう」とそっけなく言うと、渉に視線を転じ、「ほんとにいいのね」と少し鋭く言った。
「いいよ」と渉は陽気に答えた。
「ご本人がそう言うんですから、いいんでしょうよ。」
ひさは、目を伏せたミツにそう答を返すと、ぷいと引っ込んでしまった。
その夜、渉は布団の中でふと目を覚ました。真っ暗で何時だか分からないが、もう深夜に近いはずだった。隣の四畳半で、ぼそぼそ言い合う声が聞こえた。
「ああいうことは困るのよ。」
ひさの声は抑えてはいるが癇走ったところがあった。
「坊ちゃまが下さるとおっしゃるものですから。」
ミツの声は低いが、どこかに梃子でも動かない頑固な響きが潜んでいた。
「いくらいいって言っても、子供の言うことでしょう。」
「・・・・・・・」
「とにかく先に私の方に言ってくれないと困るわ。子供の前であれこれ言うわけにもいきませんからね。」
「すみません、お返ししますので。」
「そんなことを言ってるんじゃないでしょう。それじゃ、ちっとも私の言うことをわかってくれてないじゃないの。」
「・・・・・・・」
「困ったわねえ。」
ひさは大きな溜息をひとつついた。
「子供の気持ちは大切にしてやりたいんですけどね。子供の分を越えることってあるでしょう。」
「申し訳ありません。」
ミツの声の芯に、いつまでもごくわずかではあるが、頑な響きが残って消えないのを、渉は正確に聞き取っていた。
「古いおもちゃくらい、私にちゃんと言ってくれたら、いくらでも持ってって貰って構いませんよ。だけど・・・」
諭すような口調に転じたひさの声が、壊れかけのレコードのように同じ内容を繰り返していた。ところどころに、はい、はい、と言うミツの角張った返事が挟まって聞こえた。ミツさんも頑張るなあ、それにしても父さんの声が聞こえないのはどうしてだろう、帰っているのかしら。まだかしら・・・・と考えているうちに、再び眠気が襲ってきた。
(了)
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