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新学期
「先生って、どこか特別な世界の人」
私も中学生の頃はそんな風に思っていた。先生なんて特殊な人がなるものだと。毎日顔を合わせている割に、私生活は謎に包まれている。
先生もただの人間なんだって分かったのは、自分が教師という立場になったからかもしれない。先生といえども汗水たらして必死で働く一人の社会人にすぎない。
「桜井先生ってアラサーの独身だよねー、彼氏とかいないんですかー?」
「えー、言わなーい」
彼氏がいるとかいないとか、中学生にとっては挨拶みたいなもんだ。でもさ、素敵な彼氏でもいたら、もう少し晴れやかな笑顔で自信に満ちていて、服装ももっと華やかだと思わない?
私はいつも着ている紺色のセーターと黒いパンツを見下ろした。前回、美容院に行ったのっていつだっけ。
「じゃあ、今まで彼氏とかいた?」
「好きな人はいる?」
「はいはい、そういうことばっかり掘り下げて! ノーコメント」
「でもさ先生よく見ると美人系だよねー、もっとメイクすればいいのに。そしたら彼氏できるよ」
(職場に毎日バッチリ化粧するなんて、余裕も時間もないぞ。君たちも社会人になったら分かるさ)
私は心の中で小さく悪態をついた。
社会に出ていない世間知らずの子どもなどと侮ってはいけない。生徒たちの質問攻めは、ある意味警察の尋問より恐ろしい。一言でもプライベートを漏らせば、明日には校内の噂になることもあるのだ。
新学期が始まってまだ2週間。高校受験という試練もない中高一貫校の中3は、着古したパジャマのゴムみたいに伸びきってだらりと張りがない。
担任として、クラスの生徒のだいたいの顔と特徴は覚えたし、くだらない会話ができるほど打ち解けたつもりだ。
だが自分の領土ともいえるこの教室に、もう少しピリリと緊張感をもたせたい思うのは、教師としての腕が不足している私には、贅沢な悩みなのだろうか。
「無駄口たたいてないで授業続けますよ。今喋ってた人全員に、次のページの文章問題答えてもらいますからねー」
えぇーっと生徒達の悲鳴があがる。
でもまあ、これほど若い子たちに興味を持たれるという仕事もないだろう。新しい時計をつけても、前髪を短くしただけでも生徒たちは目ざとく見つけ出す。
それが嬉しくもあり、時には鬱陶しくもある。誰が好き好んでこんな仕事についたというのだろうか。もちろんきっかけはあった。
そう、そのきっかけこそが、今私の最大にして最優先すべき課題なのかもしれない。
4月から新任としてやってきた、校長のことだ。
今日の新任教員の歓迎会、やっぱり行かなきゃだめか。
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