予習事件

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 先生が職員室にいつもいないことは分かっていた。特に用事がないときは、国語科教員のデスクのある国語科準備室にいた。  私はまっすぐに国語科準備室に向かい、心臓をばくばくさせながら扉を開けた。古めかしいスチール製の本棚が壁一面に取り囲む小さな部屋。図書館みたいにどの棚にも本がぎっしり詰まっている。  中央にデスクが6席ほどあり、どの机も乱雑に書類や本が散乱していた。予想通り、先生はその中のひとつのデスクに座って仕事をしているみたいだった。 「先生! わたしっ、あの、予習のことなんですけど」  殺されても文句言いませんってほどありったけの勇気を出して、私は先生に自白した。  私の声はうわずり、あきらかに挙動不審だった。勘のいい先生だから、一発でことの次第を見抜いたのだろう。 「何?」 「先生…予習をみんなに見せてたのは、私、です。すいま…せんで、ひ、た…」  最後の方は言葉にならず、涙とまざってぐちゃぐちゃになっていた。 「桜井、お前ことだ。自分が悪いことをしてるって自覚はあったはずだろう」  私はこっくりとうなずいた。分かっている、私が他のクラスメート達に頼まれて断れなかったのだ。他の人にいい顔をしたい、褒められたい、ただそれだけのために、駄目だと思いつつ続けてしまったのだ。    私はもう世界が終わるんじゃないかって思うほど暗い顔をしていたと思う。 「だけど、一ヶ月近く騙されるとはなあ」 先生は首の後ろをさすりながら、ちょっとだけ感嘆するかのように言った。 「桜井が全部予習してたのか」 「え……はひ」 「確かに、古典も現代文も成績良かったよな。昔から得意なのか」 「へ? ええと、はい。そうでひた。小学校の時から得意でした」 「国語、好きなのか? 昔から本読んだりしてたか? どの辞書使ってた?」  「ええっと…その、好きかとひわれても…」  こっぴどく叱られると覚悟していた私に、先生の矢継ぎ早の質問は拍子抜けだった。頭が混乱して、言葉が出てこない。  まごつく私の様子を見かねて、無言でティッシュの箱を差し出すと、立ち上がって棚の方へと行ってしまった。私はティッシュを勢いよく引き出すと、涙と鼻水をありったけの力でぬぐった。
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