戻ってきた日常

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 金曜の朝、職員朝礼の冒頭で自ら男子生徒の窃盗事件について報告を行った。男子生徒の反省が見られること、普段の生活態度などを(かんが)み、保護者を含めた話し合いの結果、男子生徒は「校長訓戒」とする、と。先生は少しの沈黙の後、総勢40名近く集まっている教員全体に向かって話しかけた。 「私は生徒を辞めさせたくないと思っています。どんな事情があろうと生徒がこの学校に通いたいというのなら、その願いを叶えたい」  ざわついていた職員室は、先生の声に吸い寄せられるように静まり返った。 「そのためには先生方の力が必要です。生徒をよく見て、必要なことは思い切りやってみてください。あとの責任は、学校長である私がとります」  先生達はそれぞれの表情で、校長先生を見つめていた。驚く者、熱く頷く者、疑い深く見る者。でも、どの先生の顔も一斉に真剣だった。  気がつくと職員朝礼は終わっていた。先生達は持ち場へと戻り仕事を始め、朝礼が終わるのを待ちかねた生徒達が続々と入ってくる。慌ただしい日常が戻って来た。私は出入口近くの棚から、いつものように出席簿と日直日誌を手に取った。 ……先生が校長なのは最初から分かっていたことだ。前に向かってまっすぐ進む先生を、私はいつまで追いかけているのだろう。いいかげん諦めなきゃいけない時が来ていた。 「桜井先生。急だけど、明日の夜空いてない?」  職員室を出ようとする私に、白衣姿の白柳先生が話しかけてきた。 「何かあるんですか、空いてはいますけど」  白柳先生は声をひそめた。 「友達が飲み会してくれるんだって。今度こそな人、紹介してくれるらしいよ」  白柳先生はこの前の飲み会で、馴れなれしい男性教師を紹介されたとずいぶん嘆いていた。リベンジとばかりに話に熱がこもっている。 「そういう飲み会ですか」 「あれ、興味ない?」  ......誰か他にいい人に出会えたら、この苦しい気持ちも忘れてしまえるのだろうか。諦められるんだろうか。そしたらそれほど楽なことはないようにも思えた。 「どっちでもいいよ、せんせー決めて」 「私......行こうかな」 「やった。詳しいことは後で連絡するね」 「桜井先生!」  私は声を聞いた途端、出席簿と日直日誌を落としてしまった。それはまぎれもなく先生の声だったからだ。 「あっ、はい」 「ちょっといいですか、校長室まで」  先生はそれだけ告げると踵を返し、校長室の方へと足早に去って行った。私はその広い背中をまばたきをして見送った。 「びっくりした......大丈夫?」 「なんか驚いちゃって」  白柳先生は、ふふっと笑いかけた。 「何か悪いことしてたのバレたんじゃない?」 「分からないけど、行ってきます」  行こうと思って足を止めた。 「白柳先生……やっぱり飲み会はやめておきます」 「えーっ、嘘。なんで急に」 「ごめんなさい」 「冗談だよ。早く校長先生のところ行っておいで」  白柳先生は、私の背中を両手で押してくれた。
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