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終業式
7月下旬、1学期最終日。終業式が終わって帰りのショートタイムが始まる。高校受験もない中3Bクラスは、相変わらず伸びきったゴムみたいに緊張感がない。でも1学期が終わる頃には、みんなの性格も悩みも少しは把握できてきたんじゃないかと思えるようになってきた。
「はーい、席ついてくださーい」
大量のプリント類を持って、教壇に立った。
「せんせー、通知表」「はやくくださいよ」「もう終わろ-」生徒達が気ままに言ってくる。
「はいはい、通知表は最後です。渡すとすぐに騒がしくなるんだから」
いくら不満を言ったところで、私が生徒達の思惑通りには動かないことを、彼らは学習したようだ。みんなは意外とすんなり席に着いた。私は全員の顔をぐるりと見渡す。
「ご存知の通り、明日から夏休みです。部活、塾、遊び、色々あると思うけど何ごともほどほどに。熱中症と交通事故には特に注意! 水分補給と交通ルールの遵守。ネットばかり見てるなら、家の掃除や食事作りをしましょう」
一気に話して、酸欠ぎみになる。はあ、と大きく息を吸う。
「何かあればすぐ学校に連絡してください。あ、でも夜中の学校に勝手に入ったら駄目だからね。警察と警備員、両方に捕まるから覚悟して」
どっと笑い声があがってまた騒がしくなる。みんな夏休み前でいつもよりさらにテンションが上がっていた。
「でも先生達も夏休みなんでしょ」
「いいよなー」
「私達は休みじゃありません。休暇は交代で取るけど、基本的に仕事してるからね」
いつも聞かれる話を、いつもと同じ口調で繰り返した。あ、待てよ。いつもと違うことが、私にはこの夏は待っていた。
「でも、私はこの夏忙しいんです......結婚するから」
だからみんな面倒を起こさないでね、と私は小声でお願いをした。
えっ、けっこん? きょとんと静まり返った教室は、一瞬で沸騰した。
「きゃー! おめでとう」
「おー、まじか」「えー、すご!」
お祝いや質問に加えて、拍手や口笛、色んな音が混ざっていて、よく聞き取れない。
「ありがとう。みんなには自分の口から言いたかったんだ」
窓際に座っている橘さんが、私を見て目を丸くしている。
「先生お幸せにー」
「今の気分は?」「プロポーズはなんて?」
「今まで通り、私は変わりません……でも幸せかな」
私は今までにないくらい明るく笑えていた、少しばかり頬が緩みっぱなしだったかもしれない。いけないと表情を引き締めた。
きゃあきゃあと騒いでる女子達もいれば、ヒソヒソ話してる男子もいる。これから噂にもなるだろう。夏休みに入るとはいえ、しばらく私の周辺は慌ただしくなりそうだ。でも覚悟はできている。
「はーい、この話はもう終わり! 通知表配ります。番号順に取りに来て」
先生は終業式の最後にこう言った。
「人の一生は今の君達が思うほど長くはない。十代なんてあっという間だ。すこしでもやりたいと思ったことがあれば、この夏に挑戦してみて欲しい。誰かに伝えたいことがあれば、思いやりを持って伝えて欲しい。そんな小さな勇気の積み重ねが、君達のこれからの人生の糧になっていく」
先生は言い終えると、講堂の隅に立っていた私を見つめて微笑んだ。
教師生活はこれからも続く。
くじけそうなときもきっとある。でも先生という味方がいると思うだけで力が湧いてきた。
先生と二人でこれから生きていくんだ。
そう強く決意した。
(完)
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