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Chapter1.メッセージが届いた。
「私が書いた文章をあなたのアカウントで発信してくれませんか」
そんなメッセージが来たのは少し前のこと。フォロー外の女性から。
僕のアカウントであなたの文章を発信するって、どういう事?
僕は少し時間を置いてから返信した。
すぐに返信すると、前のめりな印象を与えそうだから。
「こんな風に私が文章を送るから、それをコピペして投稿してもらえればと」
彼女は僕よりも早いタイミングで返信してくる。前のめりなのか、前のめりに見せたいのか、そんな事を気にもしていないのか。
でも僕のアカウントに、他人の文章が混ざったら変じゃない?
そんな質問にもすぐに返信が来た。
「いや、私はあなたの文体であなたが書きそうな事を書くから、きっと他人にはわかりません」
自分の投稿はそんなにテンプレっぽい感じかと、悔しい気持ちにもなった。けれど、それよりも疑問の方が先に来た。
別にいいけど、あなたにどんなメリットがあるの?
彼女のアカウントを見てみる。ほとんどの項目が非公開で、プライベートな記述はなく、誕生日はあっても何歳かはわからなかった。写真は海とか花とか雲とか。20代のようでもあり、60代だとしても驚かない。
メッセージが返ってくる。
「別にメリットなんて無いけれど、あなたの文章を見ていてそうしてみたいと感じたんです。あなたが考えるような事を考えて、あなたが書きそうな事を書いてみたいって」
僕が毎晩のようにポエムのような文章を垂れ流しているのを目にして、何か感じる事があったのかもしれない。別に断る理由も無いから、僕は応えた。
とりあえず送ってくれたら、投稿しますよ。
新手のアカウントの乗っ取りとかじゃないですよね?
「いや」とすぐに返信が来た。
「これは、新手のアカウントの乗っ取りです笑」
笑。と言われてもな。
でも別に乗っ取られて困る事も無いし、その頃は色々退屈していたから、そのままにしておいた。
文章が送られてきた。確かにそれは、僕が書くような感じの文章だった。
酔っ払った翌朝に、あれこんな事投稿してたっけと思い出すような感じ。
確かに僕はこんな事を書いたりしがちだよね。
僕はそれを投稿することにした。
変に思われる事はなかった。そもそも僕の投稿をちゃんと読んでいる人がどれくらいいるかもわからない。いいね、は多い時には40くらいで、少ない時は3つくらい。どんな投稿でもいいねしてくれる親切な人が3人くらいいる。
毎日のように届く時もあれば、1週間くらい空く時もあった。たまに僕の過去の出来事なんかについても書かれていて、何でそんな事知ってるんだろうと思う時もあったけど、よくよく考えれば昔からHPとかブログで、あれこれ書いてきたからどこかにあったのを読んだのかも知れないな。
時が経過した。
僕は僕の文章と彼女の文章をできるだけ交互に投稿するようにした。彼女の投稿をどこか意識して、つながりがあるような感じにする時もあれば、彼女が「もう書いてしまった事」と重ならないように工夫する時もしていた。
共作で小説を書く人たちのようだな。架空の人格では無いけれど、リアルな自分でもない。僕はその奇妙な作業にのめり込み過ぎ無いよう注意した。
あなたは、誰なんですか?とは聞かなかった。
こういう幻のような出来事は、そんな事を聞いた瞬間に終わってしまうもの。
でも僕が、この関係を「続けよう」としている事は伝わっていたのかもしれない。彼女からのメッセージは、徐々に減っていった。
SNSでの知り合い関係が失われる時、その理由を聞くことは出来ない。何かを謝る事でも関係は回復しない。それは元々存在しなかったように、ただ失われるだけだ。その事は僕も知っていた。
でも、何かができないかと僕は考えた。
あなたにもう一度関心を持ってもらう為にはどうしたらいいのか。いや、そもそもあなたは僕の何に関心を持ったんだろう。
あなたはあの時「新手のアカウント乗っ取りだ」と言った。
確かに僕のアカウントだけでなく、心の半分くらいをあなたが担っていた。
そして彼女からのメッセージは、すっかりなくなった。そんな事が起きたことも、もう終わってしまった事も、誰も知らない。彼女の文章はそのままにしてある。もしかして彼女が見にきているかもしれないから。
僕はあなたが書きそうな事を、今日も書いている。「あなたが僕のように」書く事を。僕の半分はあなたによって奪われて、もう戻ってはこない。
かつてあなたがいた、空き地のような心を見つめている。
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