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「ちょっと気分転換しよっか。俺、酒は飲んでねぇから運転は安心しろ」
その言葉に従い私は幸のバイクに乗った。後ろの席とは言えバイクに乗るのが初めての私は緊張したが「ひゃっほー!」と凄く楽しそうに色んな道を滑るように進んでいく幸につられて気づけば笑っていた。冷たい風が、どこか心地よかった。
そうして私たちが訪れたのはカラオケ店だった。
流石に2人で入るのは気が引ける、と思ったのだけれど「嫌なことは歌ってパーっと忘れるのが一番」という幸の言い分は最もだと感じて一緒に入った。
暫くは、叫ぶ様な曲をいっぱい歌っていた。
それからアニメの可愛らしい曲とか、ふざけた曲とか。
そして昔好きだった曲を歌って……それが村上と話題で盛り上がっていた曲で――色んな思いがぶわりと蘇ってきた私は、気づけば歌えなくなっていた。
怖かった
マイクを落とすわけにはいかなくて、BGMが流れる中私はテーブルにマイクを置く。幸の視線が突き刺さっているのがわかっていても一度出始めたら止まらなかった。
怖かった
好意を持たれるのは素敵なことだと思っていた。
だけど愉悦に浸れるのは一瞬。
その後は望んでないことばかりを強制されて私の感情は無視、どころか、都合のいいように捉えられてあの時幸が来てなかったら私はどうなっていたのだろうか。
「ふっ、う、うえぇ、幸、あ、あ、ありがとう」
泣きじゃくりながら私はせめてもの感謝を告げる。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃで汚い顔になってしまったけどもうそんなことを気にしている余裕もなかった。
と――
私の視界が暗くなった。
シトラスの香りがツンと鼻をついた。
「え……」
幸が、私を抱きしめていた。
凄く、優しく。無言で。
戸惑った私は彼には彼女がいるんだから押し返さなきゃ、と思ったけど力が入らなかった。
何より、嫌じゃなかった。
温もりが、優しさが。
その全部があまりにも心地よすぎて、身を任せたかった。
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