泣き声の消えた日

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赤ん坊は母親の胎内の産道を通って、この世に誕生する。初めて触れる外の世界に歓喜し、または恐れおののいて泣き出す。  赤ん坊の本来の姿だ。泣くことは赤ん坊の証でもあった。  しかし、現代、泣き出す赤ん坊がめっきりと減っていった。いわゆる静かな赤ん坊、サイレントベビーが増えていった。  赤ん坊が泣かなくなることは異常事態であった。言葉を話せない赤ん坊の唯一のコミュニケーションツールが泣くことだ。その手段が突如として消えてしまった。  赤ん坊はお腹が空いた、お腹が痛いなどを意思表示できなくなった。  だが、赤ん坊にとっての受難も、子育てをする母親にとっては僥倖になった。赤ん坊の泣き声は子育てに疲れている母親には堪える。あの金属をひっかくような、鼓膜を激しく揺さぶる泣き声がなくなっただけでも、世の中の母親には安寧を約束されたようなものだ。  ただ、赤ん坊が泣かなくなった理由は不明だったが、泣くことを放棄した赤ん坊の血液検査などをしてみると、それはウィルスによるものだと判明した。それは人類が直面する未知のウィルスだった。
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