【2】Side:N

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 茉莉登はノーマルだ。だからダイナミクスの煩わしい欲求なんて、きっと知らないのだろう。  いや、知らなくていい。できることならこのまま……ノーマルとして、茉莉登と関係を続けていきたい。  出来損ないのSubだということを知られたくなかった俺は、ノーマルと偽って茉莉登と接していくことを心に決めたのである。  Sub用の薬を飲み、月に一度くらいのペースで茉莉登と会い、二時間だけ身体を重ねて、三万円を手渡す。  そんな状態が一年以上続き……終わりを迎えたのは突然だった。  いつも通り待ち合わせをし、ホテルで身体を重ねた後、茉莉登が浮かない表情をしていることに気付いた。  心配になって声をかけると、茉莉登は思いつめたような表情で「終わりにしたいんです」と唇を震わせた。  突然すぎて、返す言葉が出てこない。  そう、だよな……。茉莉登はまだ若い。これから先、もっとたくさん恋愛をする機会がある。こんなオジサンといつまでも恋愛ごっこしてるわけにはいかない。  傷心を誤魔化すように、俺は「分かった」と短く答えた。……ああ、こんなことなら、もっと早く自分の想いを茉莉登に伝えるべきだった。そうすれば、こんなに早く別れが訪れることもなかっただろうに。  胸の苦しさに思わず長い息を吐く。すると茉莉登は「本当にいいんですか?」と少し不満そうに言った。 「尾張さんの本心が知りたいです。教えてください」  その茉莉登の言葉に、ゾクッと体温が上がった気がした。  ーーなんだ、これ。  これは……茉莉登に初めて会った時の感覚に似ている。心臓がどきどきと脈打って、そうしたら自然と口が本音を零していた。 「いいわけないだろ……。もう会えないなんて、急すぎて頭が追い付かねえ……」  金はいらないって言われても、茉莉登に会うためならいくらでも出せる。月一が無理なら二カ月に一回でもいい。だから、離れないでくれ。  そう切実な思いを口にすると、数秒後、茉莉登が「よかった」と呟いたのが聞こえた。  そんな風に思ってくれていたなんて嬉しいです。と、茉莉登が俺の髪をふわりと撫でる。 「あのね。僕、尾張さんとデートしたい。二時間じゃ足りない、もっと一緒にいたい。だから……援助交際をやめたいんです」  俺がきょとんとして茉莉登へ視線を送ると、彼は「分かりませんか?」と俺の目尻を親指で撫でていく。  自分に都合のいい解釈はしたくないと思ったけれど、茉莉登の言葉は真っ直ぐで、解釈の違いはそこに生まれなかった。 「好きです、尾張さん。僕の恋人になってくれませんか」  茉莉登の告白はとても嬉しかったが、俺は本当の自分を偽っている。そんなこと、許されるのだろうか。  否、許されなくてもいい。たとえ許されなくても、後からこの罰は受けよう。だから……もう少しだけ、茉莉登の隣に居たい。  自分の気持ちを整理し、俺は茉莉登からの告白に頷いた。すると茉莉登は「嬉しいです」と満面の笑みを向けてくれる。  こんな純粋な子に嘘をついて付き合うのは心苦しいが、それでも俺は『一瞬の幸せ』を優先したのだ。
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