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茉莉登はノーマルだ。だからダイナミクスの煩わしい欲求なんて、きっと知らないのだろう。
いや、知らなくていい。できることならこのまま……ノーマルとして、茉莉登と関係を続けていきたい。
出来損ないのSubだということを知られたくなかった俺は、ノーマルと偽って茉莉登と接していくことを心に決めたのである。
Sub用の薬を飲み、月に一度くらいのペースで茉莉登と会い、二時間だけ身体を重ねて、三万円を手渡す。
そんな状態が一年以上続き……終わりを迎えたのは突然だった。
いつも通り待ち合わせをし、ホテルで身体を重ねた後、茉莉登が浮かない表情をしていることに気付いた。
心配になって声をかけると、茉莉登は思いつめたような表情で「終わりにしたいんです」と唇を震わせた。
突然すぎて、返す言葉が出てこない。
そう、だよな……。茉莉登はまだ若い。これから先、もっとたくさん恋愛をする機会がある。こんなオジサンといつまでも恋愛ごっこしてるわけにはいかない。
傷心を誤魔化すように、俺は「分かった」と短く答えた。……ああ、こんなことなら、もっと早く自分の想いを茉莉登に伝えるべきだった。そうすれば、こんなに早く別れが訪れることもなかっただろうに。
胸の苦しさに思わず長い息を吐く。すると茉莉登は「本当にいいんですか?」と少し不満そうに言った。
「尾張さんの本心が知りたいです。教えてください」
その茉莉登の言葉に、ゾクッと体温が上がった気がした。
ーーなんだ、これ。
これは……茉莉登に初めて会った時の感覚に似ている。心臓がどきどきと脈打って、そうしたら自然と口が本音を零していた。
「いいわけないだろ……。もう会えないなんて、急すぎて頭が追い付かねえ……」
金はいらないって言われても、茉莉登に会うためならいくらでも出せる。月一が無理なら二カ月に一回でもいい。だから、離れないでくれ。
そう切実な思いを口にすると、数秒後、茉莉登が「よかった」と呟いたのが聞こえた。
そんな風に思ってくれていたなんて嬉しいです。と、茉莉登が俺の髪をふわりと撫でる。
「あのね。僕、尾張さんとデートしたい。二時間じゃ足りない、もっと一緒にいたい。だから……援助交際をやめたいんです」
俺がきょとんとして茉莉登へ視線を送ると、彼は「分かりませんか?」と俺の目尻を親指で撫でていく。
自分に都合のいい解釈はしたくないと思ったけれど、茉莉登の言葉は真っ直ぐで、解釈の違いはそこに生まれなかった。
「好きです、尾張さん。僕の恋人になってくれませんか」
茉莉登の告白はとても嬉しかったが、俺は本当の自分を偽っている。そんなこと、許されるのだろうか。
否、許されなくてもいい。たとえ許されなくても、後からこの罰は受けよう。だから……もう少しだけ、茉莉登の隣に居たい。
自分の気持ちを整理し、俺は茉莉登からの告白に頷いた。すると茉莉登は「嬉しいです」と満面の笑みを向けてくれる。
こんな純粋な子に嘘をついて付き合うのは心苦しいが、それでも俺は『一瞬の幸せ』を優先したのだ。
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