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「必要なものがあったら教えて。一緒に買いに行こう。しばらくの間はひとりで買い物に行っちゃだめだよ。僕がついて行くから」 「なんだかすみません……ありがとうございます」 「いいんだよ。なんでも頼って、力になるよ」  ふわり、と大きな手に撫でられる。頭を撫でられるのは慣れないが、こうやって距離を縮めようとしてくれてるのだと思うと、少し嬉しかった。もしかしたらこの時すでに俺は、優しくて頼りになって包容力のある狭川さんに惹かれ始めていたのかもしれない。  こうして、俺と狭川さんの『仮の同居生活』が始まった。  同居生活は、思っていたよりスムーズだった。  狭川さんは「何もしなくていいよ」と言ってくれたけど、少しでも役に立ちたくて洗濯物や掃除は積極的に行った。元々家具も少ない家なので、掃除は自宅より楽である。  ただひとつ気になるのは……狭川さんの寝室の隣にある、鍵の掛かった『開かずの間』だ。掃除をしようと思って尋ねると、狭川さんは「そこは掃除しないで」と言った。 「なんの部屋なんですか?」 「ここはね、仕事の資料とか大事なものがたくさんあるんだ」  仕事柄、個人情報が多くてね。と鍵をかけている理由を教えてくれる。確かに、俺も身分証明書を提示したっけ。重要な個人情報の漏洩防止のために鍵をかけているのだろう。彼の仕事の大変さを察した。  狭川さんの仕事は不定期で、夜中に呼び出されることも多く、そのまま1日帰ってこないこともしばしばあった。  それでも、家に帰る前には必ず連絡をくれた。だから俺も同じように「今から帰ります」とメッセージを送り、帰宅したら「帰りました」と報告するようになった。  ちなみにスマートフォンは、狭川さんの提案で新しいものに買い替えた。悠聖の番号を着信拒否にしていたけれど、登録のない番号から無言電話が増えたので替えざるを得なかった。「居場所を発信するものは辞めなさい」狭川さんがそう言ったからSNSもすべて削除した。  悠聖はきっと俺を恨んでいるだろう。  今も、逃げるように姿を消した俺のことを探しているかもしれない。いつか本当に刺されてしまうのではないか。そんな恐怖と不安が押し寄せて、あっという間に俺を飲み込んでいく。  そんな風に精神が不安定になっていると、狭川さんはすぐ気づいてくれた。  「ここに居れば安全だよ」と頭を撫でてくれたり、「大丈夫、僕が居るから」と隣で寄り添ってくれる。  そんな彼の優しい温もりに惹かれるのは容易かった。  惚れやすいタイプなのだという自覚はある。悠聖に対しても、出会って間もなく好きという気持ちを抱いて……今回は痛い目にあったし。十分反省して、今後はこうやって安易に人を好きになるのは辞めようと思っていた。  それなのに……狭川さんとの時間を過ごせば過ごすほど、彼に対する気持ちは募っていくばかりだった。
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