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「こんばんは、鍵屋ですー」  数分後、玄関から挨拶が聞こえてきた。低い男性の声だ。悠聖は「手錠の鍵なくしちゃって」とへらへら笑いながら、男性を招き入れた。  ちらっと顔を上げると、部屋に入ってきたのは身長の高いオジ……いや、オジサンというには若い気もする。俳優にいそうな渋みのあるイケオジの鍵師だった。  手錠と言われた時点で察していたのだろう。鍵師は全裸でベランダに繋がれてる俺の姿を見ても、何も言わなかった。 「このタイプの手錠だったら、五千円だね」  料金は先払い。身分証の提示も必要だと言われ、悠聖は俺の財布の中から現金と保険証を取り出す。やっぱり俺が払うのか。そんな文句は飲み込んで、代わりに大きなため息を吐いた。  支払いや諸々の手続きを終えると、鍵師は道具を手にこちらへ近寄ってくる。一方悠聖は、自分のバッグを持ち「オレ、帰るわ」と手を振った。 「は?」 「なんか時間かかりそうだし。じゃなー」  自分勝手すぎるだろ! そう苛立ちを感じたけれど、鍵師の前で言い争うわけにはいかず、唇を噛み無言で悠聖の背を睨みつける。廊下の先から玄関ドアがバタンと閉まる音が聞こえ、本当に帰ったのかと呆れた。  そんな俺のことを真横から見ていた鍵師は「大丈夫?」と心配そうに声を掛け、羽織っていた作業着から腕を抜く。そして、その作業着をふわりと俺の身体へかぶせてくれた。 「そんな恰好じゃ寒いでしょう」 「あ……ありがとう、ございます」 「ちょっと煙草臭いかもだけど、許してね」  冗談っぽく笑った鍵師は、特殊工具(ピッキングツール)を手錠の穴に差し込み、作業を始めた。  俺は温もりの残る作業着を見つめながら、ほっと息を吐く。こんな醜態を見られてしまうなんて最悪だと思っていたけれど……いい人そうでよかった。  ほんのりと鼻の奥で煙草の香りを感じたが、嫌じゃない。  優しくて、気遣いが出来て、色気のある大人の男性。こういう人と付き合えたら、俺は幸せになれたんだろうか。そんなことを思いながら、男運のない自分を呪ったのだった。  頭上から聞こえるカチャカチャという小さな音をBGMに、しばらくの間沈黙が続いた。  まだかかるのかな……。そう思いながら内股をきゅっと締めた。冷えた所為なのか尿意に襲われ始めてしまったのだ。早く解放されたいと思うものの、鍵の管理を怠った自分が悪い。急いでほしいなんて我儘は言えなかった。
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