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 ――それから数時間後。  俺は財布からその名刺を取り出していた。自宅の玄関の目の前で、だ。  フラグ回収とはこのことか。自宅の鍵が見つからないのである。  鍵師に拾ってもらった後、どうしたんだっけ。きっと職場のどこかにあるのだろう。しかし今から職場に戻ったところで誰もいないし、職場の鍵を持っていない。合鍵を持っているのは悠聖だけだが、あいつを呼ぶ気にはなれない。  ……鍵屋に助けを求めるしかなかった。  電話をかけて五分後、鍵師が「こんばんは」と爽やかな笑顔でやってきた。さすがに早くないですか。そう言ったら、彼は「たまたま近くにいたから」と笑った。 「本当にご指名頂けるとは思わなかったよ」 「安くしてくれるって、言われたので……」  そんな理由で呼ぶなんて失礼だろうか。でも正直、余裕のある生活はしていない。少しでも安くしてもらえるなら有難い。すると鍵師は「もちろん」と言って、工具を取り出した。 「今回はタダでやってあげる」 「……は?」  揶揄われているのだろうか。でも、そんな冗談を言うような人には思えなかった。きっと本気なのだろう。経済的には助かるが、そこまでしてもらう理由がないし、さすがに申し訳ない。断ろうとしたら、彼は「じゃあ」とある提案をしてきた。 「代わりに大和くんのこと聞かせてよ。あれから君のことが心配で仕方なかったんだ」  合意じゃなかったんでしょ。そう続ける鍵師の言葉に何も言い返すことができず、俺は黙ってしまった。 「いつも彼にああいうことをされてるの?」 「いや別に……まあ、時々……」 「彼は君の恋人?」  鍵師は工具を広げ、鍵穴を覗き込みながらそう尋ねてくる。俺は「いいえ……」と呟くように答えた。  デリケートな問題ではあるが、彼になら話しても大丈夫だろう。そう思った俺は、悠聖との関係をカミングアウトした。  悠聖との関係は、所謂セフレ。恋愛対象が同性である俺が恋人を作ることは難しかった。そんな時、SNSを通じて出会ったのが悠聖だ。  ずっとひとりだった俺に寄り添ってくれる悠聖。好きになるのは容易かった。本気で好きだった。だから彼が望むことはなんでもしたし、「もっと一緒に居たいから合鍵が欲しい」なんて言われて、わざわざホームセンターで作った。  だけど3カ月ほど経ったある日、悠聖は俺に「金を貸して欲しい」と頼んできた。電気が止められるかもしれない。好きな相手にそう言われてしまっては放っておけなくて……。 「いくら必要なのって聞いて。最初は5千円とか、1万円程度でした」 「最初は?」 「今では毎月5万円は彼に渡してます……。貸してって言ってくるけど、返ってきたためしがないんですよ」  月に5万円は、割と多い金額だと自分でも思う。でも悠聖がずっと隣にいてくれるなら構わない。そう思っていたけれど……。  悠聖には彼女がおり、俺が渡していた金は、すべて彼女へ貢がれていたのである。  恋人だと思っていたのは俺だけだった。悠聖にとって、俺はセフレの内のひとりだったんだと思う。
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