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【1】
頭をぐっと反らし真上を見ると、綺麗な満月が明かりの消えた街を照らしていた。しんと静まり返った住宅街。その一角にある自宅アパートの狭いベランダで、俺は全裸を強要され、柵に手錠で繋がれていた。こんなことになるなら、先にトイレに行っておけばよかった。そもそもどうしてこんなことになったんだっけ、と事の発端を思い出す。
――はあ? 鍵を返せ? もしかしてオレと別れたいってこと?
大切な話があると言って自宅に悠聖を呼び出したのが一時間前の話。自宅の合鍵を返してもらってから別れを切り出そうとしたら、それを察した悠聖が俺の服を無理やり脱がし、手首とベランダの柵を手錠で繋いだ。
こんな姿、もし誰かに見られたら……。そう焦った俺は別れを撤回したのだが、最悪の事態となったのはその直後だった。
「あれ? 大和、鍵どこやった?」
手錠の鍵が見当たらないらしい、悠聖は俺に鍵の在りかを訊ねた。以前、面白半分で購入した手錠。セットの鍵と共にリビングにある小さな棚の引き出しに入れておいたはずなのに……見つからないなんておかしい。
「はぁ……お前さあ、また無くしたの?」
だるそうな溜息を吐きながら、悠聖は首の後ろを掻く。
「し、知らないよ! またって何!」
「この前も、ピアスなくしたーとか、イヤホンなくしたーって騒いでただろーが」
悠聖の言葉に、ぐうの音も出なかった。仕事が忙しく、身の回りの管理が甘くなっているのは事実だ。物を紛失することが立て続き、ピアスやイヤホン、ハンカチ、筆記用具など……会社で落としたのか、家の中で紛失したのか、気が付くと無くなっているのだ。
そもそも、悠聖が俺のものを勝手に私物化して持って行ってしまうことも良くあるので、無くしたのか無くされたのかも分からない。これまでは「まあいいか」と諦めてきたけれど……今回ばかりはそうもいかなかった。
しばらく鍵を探してもらったが結局鍵を見つけることができず……仕方なく『鍵屋』を呼ぶことになってしまった。
こんな醜態を他人に晒すのか。やりきれない気持ちに憂鬱になり、現実逃避するように夜空を見上げ、ベランダに繋がれたまま鍵屋の到着を待ったのだった。
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